青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

山田稔明『the loved one』

f:id:hiko1985:20150703225946j:plain
猫好きの人が猫を想う気持ちが好きだ。彼らは「猫っていうのはこの世で最も美しい生き物なんじゃないかな」なんてよく語るものだけども、そのトーンがくすぐったくもあるが、どこか敬虔さのようなものを湛えている。それがとてもいいのだ。多分、猫を通して、人生そのものを祝福しているような感じがそこにはあるから。「完璧な美しさを備えたものが世の中に2つある、”時計”と”猫”だ」という言葉を残したのはカルティエだが、どうやらやはり、猫という生き物には、生きる事の美しさを託したくなる何かがあるのだろう。『新しい青の時代』(2013)という日本語ポップスの金字塔を打ち立てたシンガーソングライター山田稔明(GOMES THE HITMAN)の2年ぶりの書き下ろし新作『the loved one』においても、自身の飼い猫に向けた想いが、限りある”生”を全うしていく事への慈しみと祝福の態度へと拡散していく。そんな光と愛に満ちたポジティブなレコードだ。山田稔明が、実に素晴らしい歌声を持ち、まばゆいばかりのメロディーと言葉(そして、そのあまりに美しい音と言葉の関係性!)を持ったアーティストである、という事の詳細は過去のエントリーを参照して頂きたい。
hiko1985.hatenablog.com
hiko1985.hatenablog.com


『the loved one』というミニアルバムの話をしよう。前述の通り、猫”山田稔明が13年の年月を連れ添った愛猫ポチ”に捧げたラブソング集だ。かつて”愛されたもの”へのレクイエムではあるが、内省的なフィーリング以上に、研ぎすまされたギターや鍵盤の躍動するトーン(ロックンロール!)やチェンバー編成の楽器の大きく開けた響きに心を鼓舞させられる。とりわけ、モータウンビートに彩られたオープニングトラック「my favorite things」のまばゆいばかりの輝きはどうだろう。これぞ2015年を代表する名曲!と断言したい。ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の「私のお気に入り」に倣って、山田稔明の”好き”な瞬間が音となり、跳ねたビートの上で転がっていく。

ひとつかふたつは仕事を片付けて
12時を折り返すのがスキ
昼過ぎのニュースとドラマを眺めて
午後からはラジオがいい

週末の夜をだらだらと過ごすなら
ジョン・キューザックとかゾンビの映画なんかいい
ありたっけの毛布と猫を抱き寄せて
結末はどうだっていい

“好き”という形骸化してしまった言葉、山田稔明がその空洞に具体性で持って明かりを1つ1つ灯していく。それはまるで1本のフィルムの幸福なシークエンスをひたすら浴びるような高揚感で、僕たちは"好き"という言葉の持つ力強さと愛おしさの感触を再び取り戻すだろう。

そう とてもささやかだけど
とても大切なこと
誰も みな言葉を待っているのだ


「small good things」

日々の暮らしの中で好きなものをたくさん見つけて、それを言葉に残していこうと思う。愛したものの数が増えた分だけ、”生きていく”という限りある営みの刹那を肯定していける。そんな気がするのです。