ダニエル・クロウズ『ウィルソン』の日本語訳がプレスポップよりついに刊行された。なんでも彼にとっての初の描き下ろし作品になるらしい。ここ日本においては『ゴーストワールド』のみが突出した認知度を誇る作家だが、本国においては、その影響力はハリウッドにも及び(ミシェル・ゴンドリーやジャック・ブラックとも邂逅している)、最も重要なコミック作家の1人に数えられる。
- 作者: ダニエル・クロウズ,峯岸康隆,中沢俊介
- 出版社/メーカー: PRESSPOP GALLERY
- 発売日: 2005/05/01
- メディア: 単行本
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背後で、お手製のお姫さまドレスを着た女の子が母親と北へ歩いていた・・・少女の容姿は十人並みで、きっと他の子たちといるときは奥手で引っ込み思案なのだろう。しかし、今はお姫さまの衣装をまとい、自慢の母親の手をとって誇らしげに家へと向かっている。突然、僕はおいおいと泣き始めた。それほど美しい光景だった・・・やはり、その日の僕はどこかおかしかったのだ。
これはたった10ページで描かれた『ライ麦畑でつかまえて』なのだ。ドアはノックし続けねばならない。
今作ではウィルソンという40代の独身男性の晩年を描く。インテリぶってはいるが、一度も働いた事はない。往年のウディ・アレンを彷彿とさせる饒舌家であり神経症の持ち主で、常に人々ひいては社会に悪態をついている。しかし、それでも彼は常にその孤独の穴を埋めんとコミュニケーションを切実に求める。お店でも、道でも見知らぬ人に平気で話かけるのだ。であるからして同時に彼はアメリカという国家、そして”人生”というものに対する優れた批評家でもある。"家族の再生"というアメリカンカルチャーのクリシェをウィルソンもまた実践するわけだが、現代においてそんなものはもはや"おとぎ話"なのだ、と言わんばかりに目も当てられない結末が訪れる。それでもなお、彼は思考する事を止めない。
私は美しい!
と大声で叫ぶのだ。このナイーブで傲慢な社会学者であり哲学者であるウィルソンという男が唯一心を開いているのは、ビーグル犬のペッパー。ビーグル犬?そうなのだ、本作はチャールズ・M・シュルツ『ピーナッツ』へのちょっとしたオマージュが捧げられている。解説によれば、1ページ1話完結のスタイルも、シュルツからの影響だそうだ。現代アメリカを代表する作家であるウェス・アンダーソンの映画の登場人物がそうであるように、ウィルソンもまた、ひたすらにこんがらがり続けたまま大人になったチャーリー・ブラウンなのかもしれない。もし、そうであるならば、彼にかけてあげられる言葉は「きみはいい人、ウィルソン」に他ならないだろう。