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柴崎友香『虹色と幸運』

柴崎友香『虹色と幸運』(2011)がちくま文庫から刊行された。

虹色と幸運 (ちくま文庫)

虹色と幸運 (ちくま文庫)

柴崎友香の小説を読んでいると、私たちは常に”途中”にいるのだ、という事を想う。彼女の小説は気づけば始まり、まるで山場を避けるかのように、恋の行方も家族との関係も、その決着を読者には見せぬまま、物語に向けられたカメラはそのレンズを閉じる。私たちは”今”、人生の途中にいて、そこには”はじまり”も”おわり”もなく、現在という時間が、その日々の営みが、瑞々しく振動しているのだ。柴崎友香の瑞々しい描写力はその事を改めて教えてくれる。今作において、そのフィーリングは、「わたしたちはいつから大人になるのだろうか?」という、ある意味思春期以上にやっかいな命題と共鳴している。20歳になったら?就職したら?結婚したら?親になったら?主人公である30代に突入した3人の女性が日々の中でその問いと葛藤する。しかし、まぁそれでいいのである。わたしたちは常に何かになる”途中”にいるのだから。



本作は一人称でも三人称でもなく、その2つが揺らぎながらシームレスにスイッチングし、様々な声が響き合う所謂「ポリフォニー小説」の手法をとっている。かおり、夏美、珠子という3人の主人公は、学生時代からの友人ではあるが職業や生き方は異なる。それが顕著に表れるのが、服装で、それぞれキャリアウーマン風、アーティスト風、上質な暮らし主婦風と、それぞれの生き方が表出している。かつて毎日のようにいた人間でもこうも大きく変わっていく。また、劇中の

もちろん家族も大事でほかに代えられないものだけどね、最後は結局自分一人なのよねって

という台詞が示すように、登場人物は、最も近しい存在であるはずの家族とも相互理解を得ぬまますれ違っていく。しかし、今作が描き出すのは”現代人の孤独”ではない。そのポリフォニーが描くのは、”共同意識”のようなものだ。彼女達が、口には出さずとも会話の中で、はたまた、遠く離れた別の空間にいても、同じような事を想い、悩んでいるという事実が、鮮やかな人称スイッチングで浮かび上がる。読み進めていく内に、3人の日常が、シームレスに溶け合い、ぼんやりとした1つの物語のように響いてくる事に気づくだろう。文庫の表紙デザインを担当した惣田沙希のイラストの3人が服装を異にしながらも、同じ顔や雰囲気を持ち合わせている点も、その証左になるかもしれない。それは、全体主義とか、無個性化とか、絆とかそういったうさんくさいものではない。例えば学生時代、サークルでもバイトでも何でも良いのだけど、ダラダラとつるんでいた同世代の友人達と、ぼんやりと共有していた”意志”のようなもの。それは「何か大きいものを見に行こう」といったような曖昧なものだったかもしれないけど、生温かくて、少しセンチメンタルな、前へ進む為の大切なものだった。あの得も言わぬ心地よさが、実はまだ続いている、という事を、この『虹色と幸運』という小説は教えてくれる。



ここからは余談。今作の人称を揺らしながら、人々の内面に迫りポリフォニーさせていく、その手法を読み、シャムキャッツの『TAKE CARE』(2015)というミニアルバムを想起させられた。

TAKE CARE

TAKE CARE

事実、この2作はとてもく似ている。

「かおりちゃん、今日なにしてたの?」
かおりは振り返って、なんて答えようかほんの短い間考えた。洗濯、掃除、本を読んで、ごはん作って、マヤ文明のミイラのドキュメンタリー見て、あ、ストレッチもしたなー、といろんな言葉が浮かんだが、こう答えた。
「なんにも」
換気扇に空気が吸い込まれていく音が響いていた。かおりは笑って、
「なーんにも、しなかった」
と言った。

これは、『虹色と幸運』の一節だ。では、『TAKE CARE』に収録されている「Windiness Day」というナンバーの歌詞を引用してみよう。

ねぇ今日はどんな日ことあったの?
私はねぇ なんもない
風もなくて いい日だなあって思ってた
とりあえず


シャムキャッツ「Windiness Day」

細部は異なるが、とてもよく似ている。間違いなくシャムキャッツ柴崎友香の描こうとしているフィーリングは同じもののはずだ。他にもある。

「その人のこと好きだったら、事情とか将来の心配とか考えないで、気が済むようにしたほうがいいと思う。だって、何年後にどうなるかなんて誰にもわからないんだし」

伝えたいこと考えておかなくちゃ いつでも
だってその時がいつ来るかわからないよ
おろしたてのコートだって急に そう明日とか
気に入らなくなっちゃうかもしれないし


シャムキャッツ「Windiness Day」

実に美しい共鳴。シャムキャッツをサウンドトラックに、『虹色と幸運』の文庫に読み耽ってみるのも、また乙ではないでしょうか。