青春ゾンビ

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望月ミネタロウ『ちいさこべえ』

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望月ミネタロウの最新作『ちいさこべえ』が全4巻にて完結した。『バタアシ金魚』『ドラゴンヘッド』に続く代表作の登場を喜びましょう。山本周五郎の時代小説『ちいさこべ』を漫画化した意欲作。原作小説は、大火事で両親を失った大工の若旦那が、孤児を養うなどの人助けを行いながら、家業を復興させていく普遍的な人情物語だ。

どんなに時代が変わっても人に大切なものは
人情と、意地だぜ

この物語の舞台を現代に置き換える事で、江戸に起きたとされる大火事とあの東日本大震災(2011.03.11)を繋ぎ合わせる。街の一帯を焼き尽くしてしまった火事。登場人物は「焼け野原」となってしまった一帯を見つめながら様々な想いを巡らせていく。この『ちいさこべえ』という作品は、「3.11」以降、もしくは安倍政権下の現代の生き方、というのをさりげなく提示してみせている。それは大きくまとめてしまえば以下の2つだ。


1つ目は「美しい生活に執着する」という事。『ちいさこべえ』で実に印象的なのが、細部まで徹底して書き込まれた家具や洋服や靴や食べ物の数々だろう。ミニマルな画風の中でそういった豊かな細部が瑞々しい輝きを放っている。朝ご飯をきちんと食べる事、運動をする事、掃除をする事、料理をする事、本を読む事、お気に入りに靴を丁寧に履く事(オールデンのウィングチップコンバースなど、今作においては何よりも足下が雄弁に語る)、よく働く事、よく遊ぶ事、よく眠る事。シンプルな生活な美しさが徹底して描かれている。望月が今作で見せる異様なまでの女性の身体へのフェチズムもまた、美しさへの執着として圧倒的に正しい。私達はこういった生活を維持していかねばならない。


そして、2つ目は「想像力を働かせる」という事だ。今作の登場人物はみな一様に無表情だ。前作の『東京怪童』より導入された、ダニエル・クロウズを彷彿とさせるミニマルかつ無機質な静止画のような画風は、アクションを抑制する事で1コマ1コマに時間と感情を閉じ込める。彼らの身体の微妙なニュアンスから、読者は多くの感情の機微を想像させられるのだ。意地っぱりの茂次の、無愛想な"りつ"の、どこかかわい気のない子ども達の、本当の想い。そういった”わかりにくさ”に想像力を働かせ、”本当のこと”を明らかにしていく。それは、「3.11」という記号にあの震災を閉じ込めてしまった我々への警鐘でもある。今作の影の主人公とも言える孤児の”あっちゃん”はいつも怖い想像にとりつかれている。トイレの流れる穴から何かが出てきそうで怖い。宇宙が広くて怖い。自分とは関係のない遠くの出来事を考えると怖くて、悲しくて、いつも泣いている。そんな彼女にりつは「楽しい事をいつも想い浮かべるように」と教える。

はこのなかにはなにがあるかな?

この『ちいさこべえ』という作品は、あっちゃんがその想像力をポジティブな方向に働かせるまでの物語、とも言える。


ときに今作における”無表情”の最たる登場人物は、長髪、髭モジャで顔を隠した茂次だろう。はて、誰かに似ている。その答えは彼が朝のランニングにおいて、身につけていたヘアバンドにて明らかになる。そう、彼のモデルは間違いなくウェス・アンダーソンの傑作『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001)においてルーク・ウィルソンが演じたあの愛おしきリッチーだろう。
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つまり、これは彼がその覆われた髪と髭を剃り落すまでの物語とも言える。"本当のこと"というのはいつも奥の奥に潜んでいるのだ。さて、確かに、この作品における細部へのこだわりは実にウェス的であり、今作で望月が試みたのは山本周五郎ウェス・アンダーソンの折衷なのかもしれない。つまり、この『ちいさこえべえ』という作品は、ウェスの全ての作品がそうであるように、あらゆる意味での"孤児"に向けたアイラブユーなのである。

ちいさこべえ 1 (ビッグコミックススペシャル)

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ちいさこべえ 4 完 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

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