青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ジョン・カーニー『はじまりのうた』

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あの温かき傑作『ONCE ダブリンの街角で』(2007)以来、ジョン・カーニーの日本でのフィルモグラフィーがついに更新された事を喜びたい。本当に素晴らしい作品だ。シネフィルからは黙殺されかねないカジュアルな装いの音楽映画だが、私は人生のこういった瞬間が観たくて映画を観るのだ、という大袈裟に熱っぽい感覚を抱かせてくれる。これは昨年のリチャード・カーティス『アバウト・タイム』に感じた想いに近いかもしれない。


今作が終始伝えているのは、音楽は素晴らしいという事だ。「音楽は魔法だ」という歯の浮くような常套句に、説得力をもたらす楽曲の力と演出のマジカルが、この映画にはある。劇場を出た観客誰もがサントラを求めに走り出したくなるだろう。キーラ・ナイトレイ演じるグレタの音楽の素晴らしさ。とりわけ映画内でも主題楽曲として鳴る「Lost Stars 」の魂に沈み込んでくるような旋律よ。

そして、同時にこれはニューヨークという街の映画だ(ウィル・グラックの『ANNIE/アニー』と比べたらどうか?と聞かれたら、本作に大差で軍配をあげたい)。サラウンドな音響で、車の走行音、サイレン、話し声、といった街の喧騒が、通奏低音として映画に響いている。散らばっていくそれらの音を、都会の喧騒に取り残された孤独な2人の男女が集め、記録し、シェアする。この”シェアする”というのが、今作のキーとなる運動だ。言わずもがな、二股イヤフォンで音楽を共有しながらのグレタとダンマーク・ラファロ)のあの胸がいっぱいになるような散歩。クラブに入るも、大音量でかかる音楽には耳を傾けず、イヤーフォンから流れる音楽で2人だけのダンスを踊る。このシーンの素晴らしさときたら。2人は音楽だけでなく"孤独"もシェアするのだ!もしくは、ダンと妻(キャサリン・キーナー)の親密な煙草の回し吸い。スティーブ(ジェームズ・コーデン)の部屋に転がりこんでの生活。ニューヨークの路地裏や地下鉄、公園やビルの屋上でのフィールドレコーディングでは、無数の他者が自然と結びついていく。騒音にクレームを入れる人、演奏に聞き入れ足を止める人、演奏に参加してしまう人。そういった繋がりをこれ見よがしでなく、そっとカメラに収めていくさりげなさこそ、ジョン・カーニーの魅力だ。


物語の佳境、グレタは、元恋人であり今や押しも押されぬポップスターであるデイブ(アダム・レヴィーンfrom Maroon5!!)が大観衆の前で「Lost Stars 」を歌う様を目撃する。「Lost Stars」はグレタがデイブの事を想い書き上げ、プレゼントした楽曲だ。グレタは会場を飛び出す。そこにあるのは悲しみか怒りか。いや。グレタは、自分自身と特定の誰かの為に書いた楽曲が、広く深くシェアされている光景を目の当たりにして、いてもたってもいられなくなるのだ。
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自転車で駆け抜けるグレタの変容を滲ませた表情とNYの夜景の美しさは決して忘れないシーケンスだ。グレタは、ダンと共に録音したニューヨークの街が奏でたアルバムを、レーベルと契約を破棄し、ネット上でシェアするという決断をとる。そう、これは喜びを他の誰かと分かち合う物語なのだ。恋愛や友情を超えた何かしらの結びつきが多く収められたフィルム。心から大好きだ、と叫びたくなる傑作。オススメです。