青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

フルーツアンドべジーズ『フルーツアンドべジーズのいちねんめ』

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『フルーツアンドべジーズのいちねんめ』というCD-R音源を愛聴している。540円也。紙に包まれた装丁もかわいい。ギター、ピアニカ、木琴、リコーダーの他、身の回りの物をせーのでドカポンと鳴らしたトイポップ。演奏動画を見てみると缶とバケツ(スヌーピー!)を打楽器として使っているではありませんか。最高だ。

日常の延長上、まるで鼻歌のようなメロディを奏でるガールズデュオである。とにかくポップなのだ。整えられたウェルメイドなポップスでは勿論ないのだけど、童謡とか”みんなのうた”のようなイノセンスな歌心にドキリとしてしまう。ローファイな飾り気のなさも、いつでもどこでも再生したくなってしまう所以でしょうか。やる気なさそうだけど無敵なガールズって感じはヨシノモモコのtirolean tapeなどが比較対象にあがるのも納得です(本家と比べますと、ずーっと脱力していますが)。彼女達の歌のおもしろい所はその過剰なレペゼン性だろう。

みんな大好き この町の名は
栃木県足利市
だけど私は群馬県民 住んでるところはもりたまち
それでも今日もここに来ている 足利サウンドハウスピコ


「ピコのうた」

小さいころ 住んでたあのまち
さびしげな あの商店街
どうやら今も変わってないみたい
大人になったらまた住みたいな


「きりゅう」

2人が住んでいるのは
マーシーも住んだ花小金井


花小金井

とにかく、生まれた場所、住んでいる場所、よくいる場所を綴りまくっている。極めつけは「渡良瀬橋」だろう。

渡良瀬橋で見る夕日を あなたはとても好きだったわ
きれいなとこで育ったね ここに住みたいと言った

誰のせいでもないわ あなたがこの街で
暮らせないことわかってたの
なんども悩んだわ だけど私ここを
離れてくらすことできない

恋人よりも地元を選んだ女性の哀愁を歌った森高千里のあの名曲をカバーしているのです。なんたる土地への執着。そう思うと”フルーツアンドベジーズ”果物と野菜というその土地の恵みをユニット名に冠しているのも面白い。*1彼女達のその土地や生活に対する姿勢が、ゆるーい音色の中に、純度の高いポップミュージックの普遍性を獲得させてしまっている。前述の森高千里や「オバケのQ太郎のテーマ」のカバーなんて無性に泣けてしまうのです。勿論「渡良瀬川」にしても「雨」にしても、この国の歌謡界に誇る大名曲なわけだけど、装飾を最小限まで剥いでもここまで響くか、という驚きがある。いや、むしろ「こんなにいい歌詞だったのか!?」と興奮する事しきりなのです。

今でも八雲神社にお参りすると あなたのこと祈るわ

とか。この時間と距離の越え方。そして何気なさ。森高千里の作詞能力って宇多田ヒカルとかのレベルにあると思うなー。(森高はドラムも最高だ)。話が完全に森高千里のリリシストとしての才能に逸れてしまいました。フルーツアンドベジーズである。



いまいち情報が少なくて彼女達の活動拠点が今どこにあるのかもよくわからないのですが、なんでも足利の雄car10とも親交があるようで(クレジットを見るとこの音源にも1曲参加している)、何やらパンク/ハードコアシーンからの寵愛を受けているようだ。彼女達に限らず、ローファイ歌ものとハードコアシーンの親和性ってよく見かけるのですが、どこを起点とした慣習なのでしょうか。詳しい人がいたら教えて下さい。また、彼女達をよりいっそう信頼してしまうのは、シークレット的に収められた無題のラストトラックだ。

あの子は一人と笑ったが
ふと私も寂しい時がある
楽しい時間が終わったら 帰り道私は一人ぼっち
たくさんの人と一緒にいても
ぽっかり空いている 穴があるの
ぼっち ぼっち ぼっちぼち

この感性は、パーティーや打ち上げの様子を綴っていても「シークレットホームパーティー」や「アンダーグラウンドサマー」(夜中にみんなで河原で集まって歌っていたらアルソックに怒られる、というストーリーメイク!多分実話なんだろうけど)と明るくてどこか寂しい。こちらの『フルーツアンドべジーズのいちねんめ』は2012年録音のもので、それ以降音源はリリースされていないようなので、新作が待ち望まれます。ライブも観てみたい。

*1:歌詞カードによりますとユニット名は従業で習った「果物と野菜をもっと食べようプロジェクト」に由来するそうです。