青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

立川志の輔『独演会』in 練馬文化センター


私の地元に師匠がいらっしゃるという事で、「これを逃すわけにはいかん」とチケットを入手して行って参りました。立川志の輔が紹介される際に必ず使われる枕詞は「今、1番チケットの取りにくい落語家」なんですが、発売に入手したのでいい席で観る事ができました。着物姿の立川志の輔にピンと来ない方には、『ためしてガッテン』の司会者、もしくは、立川ぺヤング師匠と言えば、「あぁ!」となりますでしょうか。いやー素晴らしかった。私は落語初心者でありますので、志の輔師匠の華、演技力、明瞭さは、落語の面白さを理解するのにうってつけ。「わかりやすいもの」「明るいもの」よりもどちらかと言えば「狂気を感じるもの」「暗いもの」を好むという個人的な趣向は吹き飛ばされ、ただただ笑い、感服するのみ。誰が聞いても面白いと思えるであろう、志の輔師匠の話芸は軽やかながらも崇高さを漂わせる凄味を感じさせられて、興奮しました。



新作落語から「みどりの窓口」、古典から「新熊五郎出世」を聞けた。どうやら志の輔師匠の噺の中で、人気のある2本のようで、この公演が出会いとなったのもツイていた。「みどりの窓口」の風刺のようでいて、説教臭い所がなく、むしろ愚かさを肯定するような眼差しが心地いい。キャラクターの演じ分けもお見事。「新熊五郎出世」は古典に志の輔師匠が新解釈を加えた噺で、抱腹絶倒の喜劇調と人情への訴えかけの按配が絶妙でホロリとさせられながら大いに笑った。あの泣き笑いのバランスは本当に素晴らしい。「鶴の一声」のサゲで下がってくる文化センターの幕に見事な鶴が描かれているという演出のオマケも乙でした。落語によく見られるパターンで、「事前に会話のやり取りを練習しておく」というのがあって、それが凄く面白いな、と思う。使う場所やタイミングを間違えていく、という笑いの取り方は、「A君の作文」(全国の小学校で流行した小噺)やアンジャッシュのすれ違いコントの源流のようだ。「新熊五郎出世」で面白かったのが、殿様とのやり取りを事前に大家さんと練習していた熊五郎が、いざ実際に殿様と面会した際に「殿様、それはさっき(大家との練習の時)断ったでしょ」という風に返してしまう所。居なかったはずの殿様が、空間を越えて居たことになってしまうという笑い。いや、しかし、そういった際に、人は確かにそこに”居る”のではないだろうか。例えばその場にはいない誰かの思い出話をする時に、確かに存在するその人の質感。そういう面白さを志の輔師匠の落語から想った。