青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

昆虫キッズ活動終了発表に寄せて


うーん、寂しい。正直に告白すれば、最近は熱心にライブに通う事もしていなかったし、『BLUE GHOST』も自分の中では特別なアルバムではない。けど、やっぱり寂しいですよ。これまでの人生で1番夢中になったバンドは?と聞かれたら迷わず昆虫キッズと答えるだろう。昆虫キッズがいなければ、ライブハウスに足を踏み入れる事もなかった。という事はこの『青春ゾンビ』というブログも存在していなかったでしょう。


本来、来年の1月の活動終了を持って、振り返るべきなのでしょうが、この気持ちが風化する前に少し自分語りをさせて下さい。昆虫キッズとの出会いは忘れもしません2009年。社会人1年目、モラトリアムシンドロームで神経をやられ、まさに「青春ゾンビ」と化していた私は1本の動画に打ちのめされるのです。当時、とても好きだった七尾旅人のブログ『人生おかわり』の2009年10月30日のエントリーに貼られていたその動画は豊田道倫with昆虫キッズ「ゴッホの手紙、オレの手紙」という楽曲のMV(監督:岩淵弘樹)だった。

ギターの音色一発でやられた。そこからは何だかもう全部がかっこよく見えた。ソリッドに暴れまわるグルーヴ、メンバーの佇まい、風景の「ダイキンエアコン」すらクールに映った。無茶苦茶な叩き方のドラマー、フードをかぶったベーシストはかわいい女の子で、人殺しのような目のジャージを着たギタリスト、そしてもう1人のフレッドペリーのブルゾンを着たギタリストは壁をよじ登ったり、床に転げ回ったり。「若者のすべてがここにあるのではないか」という気がしたのです。そして、既にリリースされていた1stアルバム『MY FINAL FANTASY』を急いで買いに走った。

忘れもしないタワーレコード新宿店だ。CDを買う時にドキドキするというティーンエイジャーのような経験を23歳にして味わえたのだから、忘れるわけがないだろう。このアルバムは本当にもう夢中になって聞いた。「きらいだよ」「ブルーブルー」「まちのひかり」「わいわいワールド」「シンデレラ」「27歳」「かわうそのワルツ」「茜の国」「恋人たち」「いつか誰とも会わない日々を」「胸が痛い」今、こうして曲名を書き出しているだけでも、涙がこぼれそうだぜ。スピッツとUSインディーが混じり合って、汚い音質で超スピーディーにガーっと掻き鳴らしたような。これが僕らのビター・スウィート・シンフォニー。いつか消えゆく若さが、ファンタジーが、切なさと愛おしさで無敵に刻印されている。何と言ってもフラフラと音符をはみ出していく高橋翔のボーカル。世界からはみ出す所在なさ。しかし、それでいて、この場所に在ろうという切実さを感じ取った。そして、こんな風に歌う。

胸が痛い 胸が痛いから ファンタジーもっと君らにあげる
スイートガールスイートホームオールアローン 憧れってやつを抱きしめて

スイートガールスイートホームオールアローン。高橋翔は、現代の若者の、心理的ではない、根源的な孤独を歌っていた。それは向井秀徳が歌う「冷凍都市の暮らし」とほぼ同義だろう。



初めて観たライブはアルバムを聞いてから5ヶ月も先の事になる。はっきりと言えば、怖かったのだ。ライブハウスが。インディーバンドの、しかもロックバンドのライブというのに、当時の私は行った事がなかった。毎日チェックしていたHPに掲載されていたライブ情報をただ眺める日々。行きたい、行こうと何度も思えど、足が止まった。ライブハウスの扉は重い。しかし、2010年3月、江古田フライングティーポットで昆虫キッズのライブが開催されるという情報を目にする。実家から自転車で10分。練馬区に昆虫キッズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!ここで行かなければおしまいだ、と友人を誘い、おそるおそる、ライブハウスの扉を開いたのです。ぶちのめされた。誇張でもなく、こんなにかっこいい音楽があるのか、と思った。どこまでも暴力的でサイケデリック、それでいてセクシーで美しかった。決定的だったのは昆虫キッズが宇多田ヒカルの「Fight the blues」のカバーを披露した事だ。

We fight the blues
憂鬱に負けそうになった日もある
流した涙は ぼくの自由


宇多田ヒカル「Fight the blues」

あぁ、この人達に託してしまいたい、そう思った。ライブが終わった後も、しばらく自転車で会場の回りをブラブラしていた。あまりに感動したので、どうしてもメンバーと話してみたかった。ライブハウスで話しかける勇気もなく(それは今も基本的にない)、帰り際のメンバーに遭遇しないか期待していたのですね。所謂「出待ち」だ。後にも先にも僕が出待ちをしたバンドは昆虫キッズだけだろう。結局、遭遇など出来なかったのですが。とにかく、昆虫キッズは重い扉を私に開かせてくれた。そこからは彼らのライブに行ける限り通った。その過程を綴っていけば、スカート、シャムキャッツ、ザ・なつやすみバンド、麓健一、oono yuukiといった魅力的なミュージシャンに出会っていくドキュメントになるわけだけども、それはまた別の機会に譲ろう。あのころの昆虫キッズはとにかくCD-RやDVDを量産していた。ライブ会場で無数に放られていくライブ盤、ライブDVD、アウトテイク集(『黒歴史』!)、来場特典などを集めていくコレクター気質を刺激するあの快感ったらなかったな。音が悪過ぎてだいたいほとんど聞かないんですけど。その中でも、自主制作1st『ユウとユウコのために』(2007)は特別だ。

「練乳をダイレクトで喰うガールフレンド」「スイート・ガール スイート・ホーム」の二大名曲はなんとしても聞いて頂きたい。「エルレガーデン試聴している女の子」という歌い出しに腰を抜かそう。ライブでの名MC「ベースボールべアーじゃなくてごめんねー」など、この頃の高橋翔の妙なコンプレックスもとても魅力的だったな。あの人にはビートたけし的な「照れ」があるのだ。



2ndアルバム『text』(2010)

は「S.O.R」「太陽さん」といった重要曲を収めているが、(今だからこそ言えるが)物足りなさを感じた。そして、震災をはさみ、バンドは徐々にシリアスさに喰われ、その無邪気さ、ファンタジーを失ってしまった(ように見えた)。しかし、そのシリアスさを見事に消化し、バンドとしてのフィジカルを格段に向上させリリースされた3rd『こおったゆめをとかすように』(2012)

はコールドファンクとでも呼びたくなるような低温でリズムが躍動する疑いようのない傑作である。収録シングルの「裸足の兵隊」「ASTRA」はバンドのブレイクスルーと呼べるだろう。更に「若者のすべて」という曲が収録されている。2009年のクリスマス、高橋翔はTwitterで「いつか『若者のすべて』って曲書くわ」と呟いていた。フジファブリック志村正彦の死を受けての事なのだけど、その誰に向けたでもない約束が果たした。

世界の約束を知って それなりになって また戻って


フジファブリック若者のすべて

グッとこないわけがないだろう。しかし、続いてリリースされた『みなしごep』(2013)には失望させられる。昆虫キッズとの向き合っていくと感情が忙しい。そして、バンドとしての老いをはっきりと認め、かつての若さを亡霊として召喚してみせた4th『BLUE GHOST』

がリリースされた2014年。昆虫キッズは活動終了を表明する。寂しい。と、同時にその潔さにどこかホッとしてもいる。昆虫”キッズ”、老い、若さ、亡霊。藤子F不二雄の短編に『劇画オバQ』という作品がある。15年ぶりに町に戻ってきたオバQが正ちゃん達と思い出話に花を咲かせる。

"おれたちゃ永遠の子どもだ!"王国建設を夢観たあの頃をもう一度、と誓い合う。翌日、正ちゃんの奥さんに命が宿った事が発覚し、正ちゃんは昨日の約束なんてまるで覚えていないよう。そして、Qちゃんはこうつぶやいて町を去る。

と、いうことは……正ちゃんはもう子どもじゃないってことだな……な……


正ちゃんと(高橋)翔ちゃんというおまけつきだ。もう亡霊にとり憑かれる必要なんてなく、自由に音楽を鳴らす時がきたのでしょう。目下、最新作(ラスト作品となるのか?)となるCD-R作品『Memory Management』

の自由な音世界を聞いて思った。勿論、寂しくはなる。でも笑顔で送り出そう。1月のラストライブは多分、泣くけど。



最後に、「昆虫キッズでフェイバリットを選ぶなら?」という問いには『アンネ/恋人たち』のシングルを提出したい。奇しくも、ジャケットはThe Insect Kidsと彫られた墓標である。

この2曲のピアノロックに僕の好きな昆虫キッズが全て詰まっている。「アンネ」なんて3人がボーカルをとるんだけど、3人共下手くそなんだよ!凄い。なのにどうしようもなく美しい。歌詞は、まるで音楽が鳴る理由について歌っているんじゃないか、ってとてもロマンティックな気持ちになるよ。

あなたを花に(例えたいな) そんなことばかり(考えている)
八月の部屋(夏にうなされ) 僕は夢ん中(溺れてった) 
身体が勝手に(踊るような) 幸せもある(この世界に)   
悲しみなんて(つまらないけど) 踊ってみてよ(君の世界で)

ハローベイビー 君にこの歌が届いたら それだけでもうブッ飛びそうだよ
センチメンタルに保護された僕もそろそろ羽根が生えるぜ
いつでもどこでも会いに行くよ 運命とその他を追い抜いて
笑ってる顔がビートになって 答えのはあの子の胸の中

2015年1月7日(水)東京都 渋谷CLUB QUATTRO。元気にさよなら!