青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

さくらももこ『神のちから』

神のちから (スピリッツボンバーコミックス)

神のちから (スピリッツボンバーコミックス)

『神のちから』とは、1980年代後半から90年代前半にかけて、『ビックコミックスピッツ』誌で不定期に連載されていた短編連作である。まるで大きくなりすぎた『ちびまる子ちゃん』によってのしかかる負荷を吐き出すかのように、強い作家性に裏打ちされたどこまでもエッジの効いた実験作。元々、多くのコアなさくらももこファンが今作を最高傑作に位置付けていると思う。ナンセンス、シュール(という言葉は便利過ぎてあまり好きではないが)なイメージが矢継ぎ早に放たれる。その理解の範疇を越えたイメージ同士がぶつかり合い、いつの間にか形成されている”条理”が外れた世界の不思議な心地よさに読者は没入してしまう。これは立川談志が言うところの “イリュージョン”に激しく酷似している。であるから、どの短編も実に落語的なのだ。さくらももこは小学生の頃から高座を浴び、口上を真似ていたという落語エリートであるからして何ら不思議ではないわけだが、この強度とスピードはただ事ではない。


理容室から出ると頭が瀬戸物になっていた青年の話、饅頭屋とインコが徐々に入れ替わっていく話、誰も死んでいないのに葬式をする一家の話、西山という部下がどんどん増殖していく話etc・・・「神のちから」という不明瞭な言葉が全編を見えない力で支配している。その中において、人間はどこまでもバカバカしく、くだらない、ちっぽけな存在だ。しかし、本作の中で人間は確かに活き活きと”在る”。立川談志の言う所の「落語は人間の”業”の肯定」をそのまま実践しているかのようである。


中でも出色は、上司が送って来た男「ヤマモト」を床の間に飾り嗜む「おくれてきたひと」か。これはラーメンズの「現代片桐概論」を彷彿とさせる。また「それていくかいわ」での見事なイリュージョン会話劇は、『談志・円鏡 歌謡合戦』に影響を感じる。ちなみに、談志の孫弟子にあたる立川春吾はこの「それていくかいわ」経由で、イリュージョン会話劇を新作落語『クロコダイルとヒポポタマス』として実践している。あぁ、偉大なり、さくらももこ。彼女のイリュージョン漫画へのカムバックを心から待ち望んでいる。