青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

山下達郎『MELODIES (30th ANNIVERSARY EDITION)』


山下達郎がヒーローとして私の心に君臨している。10代からつい昨年までは『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』と『TREASURES』という2枚のレーベル別のベストアルバムと最新の3枚ほどのアルバムで満足してしまっていたのだけど、フィルムコンサートを観て、改めてその音楽に胸を撃たれまして、こつこつとアナログやリマスター盤でオリジナルアルバムを買い揃えている次第なのです。最近、2013年にリリース30周年を記念して発売された『MELODIES』のリマスター盤を購入したのだけど、これがもう本当に素晴らしくて、繰り返し、繰り返し再生している。早くも大切な1枚に。

ファルセットをはじめとする達郎の美しいボーカリゼーション、幾層にも重ねられたハーモニー、青山純伊藤広規の鉄壁のリズム隊、ゴージャスなホーンセクションとストリングス、彩りを添える鍵盤やギターの繊細なフレージング、それらを賞賛するにしかるべき言葉を持ち得ていないのがもどかしい所であります。リマスタリングの効果なのかはオリジナルとの聞き比べを行っていないので不明だが、ボーカルとそれぞれの楽器の音の粒がくっきりと鳴り、混じり合っている。また、ライナーノーツにもある通り達郎のキャリアにおける16ビートから8ビートへの転換期であり、フィリーやシカゴのソウルミュージックとハーモニーに彩られたロックンロールのミッシングリンクを堪能できるのも素晴らしい点です。それも日本語で!これは大変幸福な事であります。言わずもがなの代表曲「クリスマス・イヴ」やアカペラコーラスとサックスの絡み合うイントロから一気にぶち上げていくサマー「高気圧ガール」、Brian Wilson 作曲楽曲のカバー「Guess I'm Dumb」の狂おしき重厚なストリングス、真夜中の遊園地に忍び込むというモチーフがエロティックな「メリー・メリー・ゴー・ラウンド」のファンクネス、日本語ソウルのクラシックスと言える「夜翔 (Night-Fly)」「あしあと」などどれも捨てがたいが、今作における個人的なベストはミディアムバラードの「ひととき」かしら。本人も小品と評すナンバーだが怠惰さすら感じるメロウネスが堪らない。




山下達郎はシティポップの括りで語れる事も多いが、歌われているのは煌びやかな都市生活ではなく、そこで暮らす人々に生まれる名前のない感情だ。本人の言葉を借りるなら「都市生活者の疎外感」というやつ。山下達郎の偉大な所はまぎれもなく口当たりのいいポップスであり、実際にヒットも飛ばしていながらも、表現の出力源はマジョリティーでなくあくまでマイノリティーである点だろう。インタビューからの抜粋になるが、

基本的に表現やってる人間なんは、満ち足りることなんてない。自分の中に空いている穴とか、トラウマとか、呼び方はなんでもいいんだけど、そういう満たされないものをなんとかして埋めようとする作業なんだよ。人間の行為というのはすべでそうで、たとえば、男女間ひとつとっても同じ存在になんか絶対なれない。それでもどうしてもお互いの隙間を埋めたくて抱き合ってしまうような、人間ってそういう哀しいところがある。それとまったく同じで、口ではうまく言えない、心の奥で感じてるそこはかとない不安とか孤独、それが僕の永遠のテーマだから。

僕にとって女の人というのは、どこまでいっても手の届かないイリュージョンみたいな、ヴァーチャル・リアリティみたいな存在なんだよね。

あぁ、信頼しかない。だからこそナイーヴな感性にそっと忍びこんでくる。キャリア最大のヒットナンバーのクリスマスソングでさえも

心深く 秘めた想い 叶えられそうもない
必ず今夜なら 言えそうな気がした

とくるわけで、全く抱きしめてやりたくなるほどに奥手でナイーブでセンチメンタルな達郎なのだ。

(スタイルがむちゃいいし、格好いいヤング達郎)



他の楽曲もとにかくインナーに深く沈み込んでいる。都市での生活を享受していながらも、自分だけの場所を街の影に探し求めるようなナンバーが並ぶ。何でもライナーノーツに寄れば、このアルバムから自身の作家性を強く打ち出すようになったそうで、ほぼ全曲の作詞を本人が手掛けているのだ。最後に私がたまらなくなってしまった歌詞を並べたい。

君の肩をそっと抱いて
歩く夢 今も残っているのさ
ずっと…


「悲しみのJODY (She Was Crying)」

遠く響くサイレンも
ここまでは届かず
消えて行く…


「夜翔 (Night-Fly)」

こんな日は何処へも出かけずにいて
いつまでも二人で こうしていたい
そっと僕の肩にもたれて
途切れた言葉 そのまま…


「ひととき」

真夜中の遊園地に
君と二人でそっと忍び込んで行った


色褪せた水玉のベンチは
滅び行くときの匂い染みついてた


「メリー・ゴー・ラウンド」

名も知らぬ想いには 振り向く人は無い
きっと君の目には 僕は透き通ってる


「あしおと」

きっといつの日か
きっと めぐり会えるから
今は一人 そっと
そっと…


「黙想」