青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ドン・ホール/クリス・ウィリアムズ『ベイマックス』

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ベイマックス人工知能ロボットでありながらも、予測のつかないチャームな言動や動きで目を奪う。そして、大きくて柔らかくて白い。そのはっきりとした異物感。動きは遅く、「カメラを待たせる」というか「引きつける」。


舞台となる「フランソワトウキョウ」なる架空の都市は、従米の果ての未来などではなく、日本のカルチャーに対する関心と敬意の結晶だ。外国から観た“ニッポン”のあの独特なエキゾチズムが入り混じった背景、美術が目に楽しい。それでいて、道路の幅だとか電光看板、電線、高架線路といったリアルな日本景観を再現しており、本当にこんな街ができるかもしれない、と思わせてくれる。また、鉄人28号マジンガーZスーパー戦隊シリーズといった日本のポップカルチャーへの強い愛が随所に散りばめられている。ベイマックの造詣にはスタジオジブリのトトロ(『となりのトトロ』)やロボット兵(『天空の白ラピュタ』)を想わせなくもない。最大の敬意を注いでいるのは藤子F不二雄の『ドラえもん』だろう。

傷ついた少年の元に丸っこい未知の物体が現れる

というプロットがまず藤子Fテーゼとしか呼びようのないものであるし、何でもベイマックスの頭部は”鈴”をイメージして描かれたものなのだそうだ。ヒロの”痛み”を感知して起動したベイマックスの登場シーンにしても、ベッドの隅からヌッと現れるあの感じは、机(タイムマシン)から飛び出してきたドラえもんのアクションを巧みにトレースしている。同居している叔母が太った丸い”猫”を飼っているあたりもにくい。ベイマックが活動モードを停止する時の条件は「ベイマックス、もう大丈夫だよ」と伝える事であった。この作品はのび太ドラえもんに「もう大丈夫だよ」と言えるまでの物語なのだ。中盤以降に関しては原作がマーベルコミックという事もあり、ヒーロー物然とした展開を見せていくわけだけども、その中においても、ベイマックスとのフライトシーンにおける幸福感と万能感は、タケコプターでのそれを匂わせてくれる。ワサビ、フレッド、ハニーレモン、ゴーゴーといったヒロの仲間達の構成や造詣もどことなく藤子メソッドである。


序盤で、ヒロと兄タダシの間で頻繁に交わされる、拳と拳を突き合わせる「Fist Bump(フィスト・バンプ)」という挨拶の運動性がこの作品のエモーションと画面構成を決定づける。
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つまり、”くっ付いて離れる”だ。それは、序盤に登場するヒロのバトルロボット、ベイマックの抱擁、ロケットパンチ、データカードの出し入れ、もしくは(思わず抱きしめたくなる)ボディに触れた時の質感(沈んで戻る)、
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更にはマクガフィン的存在の集合体”マイクロボット”など細部にまで浸透している。クライマックスにおいても、それまで「Ba La La La」というユニークな疑問で笑いを起こしていたフィスト・バンプがキーとなり、ポータルでのヒロとベイマックスの別れのシーンに作用する。どこまでも行き届いた脚本のウェルメイドさ。ギャグ、アクションシーン、カメラの動きも文句なしの素晴らしさ。このソツのなさが、評価の別れどころでしょうか。