青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

古川麦『far/close』

FAR/CLOSE

FAR/CLOSE

この国の昨今のインディーミュージックの充実を存分に証明する1枚だ。

MVも公開されている1曲目「Green Turquoise」の最初の混声ハーモニーを聞いた瞬間、”船”が通ったような気がして、私は「これはceroの紡ぐ音楽と世界観を共にするアルバムだな」と結論づけた。古川麦が所属する表現(Hyogen)はceroの盟友であり、古川麦自身もceroのライブのホーンセクションメンバーに名を連ねていて、本作の「芝生の復讐」という楽曲には荒内佑が作曲と鍵盤で参加し、アルバムの帯には高城晶平がコメント寄せている。しかし、そういった点での繋がりというのでなく、もっと大きな何かを共有しているように思うのだ。とは言え「何を、どう、共有しているのか」を具体的に言語化できない。その時点でペンを折るべきなのだろうけど、そういった不確かなものに想いを込めてみるのもロマンティックなものだし、そういった態度はこの『far/close』というアルバムにふさわしいような気もするわけで、筆を進める事としたい。『far/close』を聞いて頭に浮かんだ”船”の進路はceroが『World Record』『My Lost City』などのキャリアで描いたマップを更に書き進めていく。その航路を遡ってみると、もしかしたら、そこには細野晴臣の見た夢の跡が窺えるかもしれない。

僕の好きな港は上海、香港、横浜、ニューオリンズ。船の経路は上海から東京では駄目で、上海からフランス、スペインを通って、西インド諸島に運ばれ、それがニューオリンズ港に陸上げされ、そこで初めて東京に持って来る。シルクロードの通る大陸の香り、パリの粋な優雅さ、スペインの情熱、アフリカのエネルギー、カリブの潮の香り、それが何でも包みこんでしまうアメリカ大陸へ渡り、アメリカのニオイが最後の香辛料として仕上げている。僕はこれにもう一度太平洋を渡ってきてもらって、しょう油の味をひと滴たらしてみたい。


細野晴臣『トロピカルダンディー』ライナーノーツより

古川麦の音楽の航海も同様に世界中を回る。ブラジルを軸に、スペインやアルゼンチンの香りを纏っている。それらをジャズやクラシックの教養で、チェロの関口将史率いる弦楽四重奏トロンボーン、ホルン、フルート、コントラバス、ハープなどの管弦楽器の入り乱れる圧巻のスコアアレンジで纏め上げる。それでいてポップスとしてのメロディの強度は揺らぐ事なく高い。近年、チェンバーポップと呼ばれる音楽は数多あれど、今作のレベルはちょっと飛び抜けているように思う。


航海の起点である「埠頭」をタイトルに冠して、同様にワールドミュージックを独自に咀嚼してみせたくるりの『THE PIER』(2014)

THE PIER (通常盤)

THE PIER (通常盤)

に似たフィーリングを感じなくはない。そうすると、今作にくるりにほん一瞬の在籍していた田中佑司がドラム、パーカッションとして全面的に参加しているというのは皮肉で興味深いトピックに思えてきます。また、フォーキーでカントリーなサウンドスケープとメロディは、王舟の『Wang』(2014)
Wang

Wang

の横に置いてみたくもなる。王舟は「上海生まれ、日本育ち」だが、古川麦も負けじと「カリフォルニア州オークランド生まれ」という独特な出自を持っている。無国籍なサウンドのルーツはやはりそこなのだろう。古川麦の音楽は、どんな距離も飛び越える自由さがある共に、その寄る辺なさを湛えているように思う。パーソナルな歌声は、親密に歌いかける。それはきっと遠い場所にも届くだろう。

恋したわけじゃない 何十年も思い出すだけ
地球の裏側は今 朝を迎える

古川麦は、夜の孤独を歌っていたとしても、同刻に彼方の地に訪れる”朝”を、同質のものとして歌える、そういうシンガーなのだ。『far/close』を超重要作品としてレコメンドした次第であります。