青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

リチャード・カーティス『アバウト・タイム』

f:id:hiko1985:20141008165744j:plain
リチャード・カーティスと言えば、最近ではスピルバーグ『戦火の馬』の脚本クレジットの印象が強いが、本来は『ラブ・アクチャリー』『ノッティングヒルの恋人』『ブリジッドジョーンズの日記』の監督や脚本を手掛けるロマンティックコメディの名手である。もしくはコメディテレビシリーズ『Mr.ビーン』の脚本家でもある。もしかすると、シネフィル的な方面からは一切問題にされていない監督かもしれない。劇場公開の規模もとても小さい。しかし、これは見逃す事をよしとしない、今年度指折りの感動作だ。本作はロマンティックコメディであると共に、タイムトラベルを主軸においたSFコメディでもある。ゼメキスの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』やコッポラの『ペギー・スーの結婚』といった名作の系譜に連ねてもいいだろう。

バック・トゥ・ザ・フューチャー [DVD]

バック・トゥ・ザ・フューチャー [DVD]

ペギー・スーの結婚 [DVD]

ペギー・スーの結婚 [DVD]

主人公ティム(ドーナル・グリーソン)は21歳の誕生日にある秘密を父(ビル・ナイ)に告げられる。「一家に生まれた男性にはタイムトラベル能力が備わっている」というのだ。暗闇で(例えばクローゼットの中)で力を込めて戻りたい時間と場所を想うと、それは実行される。何とも言えないボンクラ感が漂う設定である。この導入も、その後、説明されるタイムトラベルのルールや理論もとにかくユルユルなのが微笑ましい。ティムは、毎日の失敗を何度もやり直しながら、よりよい人生を獲得していく。その過程で、人生の本当の意味においてはタイムトラベルによる”やり直し”は不必要である事に気づいていく。こういったプロット自体はよくあるものなのだけど、そういった結論が、実のところ、映画の冒頭で既に提示されており、作品内の通奏低音として響いているのが面白い。映画はティムの5人の家族の紹介から始まる。そして、その家族の日課について。例えば”浜辺でのランチ”もしくは”金曜日の野外映画鑑賞”だとか。それらはどんな天候であろうとも決行されていた、という風に語られている。つまり、変更はきかないのだ。そして、中盤に繰り広げられるティムの結婚式。なんと未曾有の暴風雨。新郎新婦も来客者も、髪からドレスまでびしょ濡れの大騒ぎ。しかし、ティムは愛するメアリー(レイチェル・マクアダムス)の晴れ舞台というのに、タイムトラベルを使って日程を変更するという事を当たり前のように行わない。自分でも気付かない内に、”ルール”のようなものを敢行しているのだ。表層上は大狂乱のコメディなわけだけど、こうした運動が、見えない場所で浸透しているので、どうしようもなくこちらの感情を揺さぶってくる。今作屈指の名シーンと言えよう。


今作には人生において必要な”美しさ”といったものが全て画面の中に映り込んでいる、そんな感触を覚えるのだ。例えば、メアリーの”切り過ぎた前髪”や”赤いドレス”だとか、父と楽しむテーブルテニスもしくは彼が読み聞かせてくれるディケンズの一遍だとか。描かれているのは善意ばかりで、悪人は登場しない。それは時にリチャード・カーティス作品への批判ともなっているようだ。そういうものを描き、作品にスリルやサスペンスを導入する事は百戦錬磨の脚本家である彼であれば、たやすいだろう。しかし、そうしない。そのかわり、今作には、「良い人間であろう」「より良い方向に物事を進めよう」という葛藤と奮闘がドラマとして駆動している。その気持ちよさ!このシンプルでウォーミーな手触りは、エンターテイメントを観る喜びの原初的なものではないか、と思うのです。


ニック・レアード=クロウズによるメインテーマのスコアもいいし、劇中で使用されるポップミュージック(Ben Folds、Nick Cave、The Cureからt.A.T.uまで!)のヒット曲が泣かせるのだ。役者陣も良くて、特にレイチェル・マクアダムスのくしゃけた笑顔、ビル・ナイの上質な生活の香りのするくだけた父親像の素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。