青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

吾妻ひでお『カオスノート』

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たくさんの人が首つり自殺している通勤電車に乗る吾妻先生。吾妻ひでおの最新作『カオスノート』は「○月○日」とはじまる日記の体裁を取り、不条理な日常が綴られている。その全ては創作であり、ひたすらにナンセンスな思考を撒き散す。崖から女子高生が生えていたり、温泉に入って柔らかくなった身体を女の子に食べられたり、”鬱”にラーメンを奢ったり、”詩人の魂”を粕漬けにしたり、ラーメンが逃亡していたり、味噌漬けになった自分を酒のツマミにして食べ切ってしまったり、奥歯から都市ガスが漏れたり、突然戦争が始まったり、飛行機が墜落したり、世界が終ったりする。SF、女の子、食欲、そして濃密な"死への憧憬"に支えられたそのイマジネーションの跳躍。漂流していると海からスクール水着を纏った巨大な女の子が浮かび上がってくる。
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吾妻フェチズムの極み。日常と”かけはなれた何か”とが融和する。これは「イリュージョン日記」と呼んでいいだろう。例えば、

○月○日
駅の階段が豆腐で登りづらかった
次の日はこんにゃくでいくらかましだった
おからの日もあり
油揚げの日もある
厚揚げの日はなんとか登れたが
納豆の日は・・・・)

といった調子だ。”豆腐”と”階段”という本来、関連性のない2つの物を、無理矢理に同時に語る事で、世界がギャグという形で振動する。その豊かさ。と、同時にポツンと世界の片隅に置かれた”個”を結び付けてしまうその所作からは、吾妻ひでおの創作の根底にある”孤独”や”不安”を感じるではないか。この混沌とした現実において、「カオスノート」と名付けられたこの書のナンセンスな”混沌”は、逆説的に正しく美しいのではないか。そう、美しいのだ。例えば、作者もお気に入りというリリカルな散文詩の体裁をとったシリーズ。

雨上がりに 不幸の虹
友から届いた哀しい眼球 這いずる鳥
雨が蒸発していく

夕暮れつぶやく影
除湿する除湿器
落とし穴に落ちてもがくマヨネーズ
逃走する盆栽
影を見上げる

詩そのものだけでも、充分に勝負できる力がある。そして、漂う"不安"。個人的に1番好きだったのはこれ↓

○月○日
冷蔵庫の中の残り物でゴッタ煮を作って
味見をすると
経験したことのない想い出が蘇った

カオスノート

カオスノート