青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

Dorian『midori』

midori

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Dorianの3rdアルバム『midori』はとてつもない傑作である。歴史的名盤と呼んでしまいたい。例えば、レイ・ハラカミ砂原良徳の特別な数枚の音源のような佇まいなのだ。生活をしていく上での「豊かさ」の尺度を緩やかに改変してくれるような、そんなアルバムだ。正直言ってこれまでのDorianの音源のアーバンメロウサウンドは、リバイバルしたシティポップ、AORの文脈に飽き飽きしていた事もあり、食指が動かなかった。しかし、今作は「Escape From The City」という楽曲タイトルにもあるような、「街」と一定の曲を置いている。(いくつかのインタビューに詳しいが)なんでもDorian氏の生まれ育った静岡への帰省旅行の時に感じたフィーリングを、音にトレースしてあるという事で、非常に土着的な赴きを感じる。「silent hill」というタイトルは「静かな丘」→「静岡」であろうし、「Onsen Holiday」などにおける東洋的でありながら南国的なハイブリットなトロピカズモは伊豆や熱海の風景を想起させるし、「Night In Horai」においては橋で有名な蓬莱という具体的な静岡県の地名も飛び出す。すると「Legendary Pond」は河童が出るという都市伝説の残る池の事であろうか。Dorian氏の幼い頃の原体験の風景や、近すぎて見えなかった景色を濃縮して音に変えているのだろう。


このアルバムは、シンセサイザーリズムマシンを使用するのでなく、極力レコードからのサンプリングとエディットで作り上げたという。しかもインタビューの発言によれば、

あれこれレコードを聞きながら、「あ、これいいな」っていうパートをサンプリングして、それをもとに曲へ発展させていくやり方では作りたくなかったんです。そうではなく、自分のイメージする曲に合うキーやコード進行、音色のパーツをあえてレコードから探して、当てはめていく作り方。

とある。その気の遠くなる作業に敬意を払いつつ、このアルバムの圧倒的な魅力の秘密を知ったような気になる。サンプリングパーツ→楽曲ではなく、楽曲→サンプリングパーツ、この矢印の向きの変更は重要だろう。これによって、サンプリングパーツは元の楽曲の意味から解放され、Dorian氏の新しい楽曲の透明な細部として豊かさを放つ。磨かれた音色の快楽指数は今年度ぶっちぎりNo.1。まどろみのトリップへと誘います。抑えられたBPMは人を踊らせる事には長けないかもしれないが、精神に強く作用する。つまりは想像力だ。この『midori』という傑作にクラブミュージックと現在の東京インディーミュージックの幸福な融合を想わずにはいられない。MC.sirafu、videomusictape、得能直也らが参加しているという点のみならず、ceroの諸作がリスナーにもたらした「想像力の喚起」との強いシンクロを感じるのだ。イマジネーションがいつもの風景を変える。ファンタジスタ歌麿呂によるジャケットのイラストがこのアルバムを雄弁に物語っているが、茶畑から飛び出した機関車は富士山を超え、おそらく宇宙へと辿り着くだろう。Beyond The Horizon、地平線を超え、想像力を遥か先へ。