青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

長井龍雪『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 』


2年遅れで大感動の巻。ずっと観たいなぁ、とは思いつつ手を出せずにいたのですが、ちょうど劇場版の公開に合わせて再放送が始まったので、どっぷりと浸かってみました。劇場版も早く観たいぞ、という事で再放送を待っていられないのでラスト3話はDVDで観賞。




いやー素晴らしいですね。嗚咽を漏らして泣きじゃくりました。オーソドックスな泣かせる構造をとっていて、そこが賛否両論分かれる所なのでしょうけども、そういった構造以前に細やかな演出が効いていたように思います。5年前川に転落して亡くなった少女「めんま」は、突如ある願いを叶える為に幽霊として姿を現す。何とかそれを叶えて成仏させてやろうとかつての仲間達が奮闘し走り回る物語なわけです。(もう2年も前の作品という事で盛大にネタバレしていきますが)その願いとは、かつての仲間「超平和バスターズ」のリーダーであり、めんまが想いを寄せていた少年「じんたん」が必死に堪えていた涙を流させてあげる事。そうとも知らず仲間達は、これがめんまの願いに違いない、とかつて打ち上げるはずだったロケット花火を作成し、空に放つ。

劇中においてはこのロケット花火の打ち上げは、本当のめんまの願いではなく、無駄であったという事になるのだが、果たしてそうだろうか。「転落」しためんまの為に花火を「打ち上げる」、そして「零れ落ちていく」かのような色とりどりの火花。この丁寧な上下の運動の演出の中において、零れ落ちていく火花はじんたん(そして超平和バスターズのメンバー)の「涙」に他ならない。



幽霊として現れた「めんま」とは何だったのか。それは「過去」そのもの、と言っていいだろう。AKB48の「桜の木になろう」のPV、ドラえもんのび太の結婚前夜」、映画『横道世之介』、ドラマ『あまちゃん』など、これまでもこのブログにおいて頻出するモチーフなのだけども、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の素晴らしさというのは、捉われていた「過去」への視線が、決して一方通行でなく、あちら(過去)からも見てくれているのだ、という視線の交わりの提示に他ならない。じんたが真夜中、工事現場のバイトで作業をしていると、めんまが後ろからライトを動かし照らしてくやる名シーンがある。

つまりそういうこと、過去はこちらを見てくれているし、明かりをも照らしてくれる。



最終話における、「かくれんぼ」の演出もまた素晴らしい。「もういいかい?」「もういいよ」のやり取りは、捉われの呪縛を解く合言葉のようであるし、何より超平和バスターズ5人による「みーつけた」は、つまり「過去」の再獲得だ。言い換えれば、めんま(過去)が見つめてくれていた自分を再発見するという事。それは

めんまホントは、じんたんの笑った顔が好き

という言葉であったり、ラスト、メンバー全員にしたためられた手紙の文面に記されている。

つるこへ。やさしいつるこがだいすきです。


ゆきあつへ。がんばりやさんのゆきあつがだいすきです。


ぽっぽへ。おもしろいぽっぽがだいすきです。


あなるへ。しっかりもののあなるがだいすきです。


じんたんだいすきです。 じんたんへのだいすきは、じんたんのおよめさんになりたいなっていう そういうだいすきです。

いや、号泣ですよ。「私達が振り返る過去もまたこちらずっと見てくれている」というモチーフが僕は本当に好きで、それを見事にビタースウィートな「走る」青春劇に仕上げていたのが『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』でございました。まだ観ていない、という方は劇場版もいいですが、DVDで全話観てみるのをオススメいたします。