青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ロバート・A・ハインライン『夏への扉』

旅行からの帰り道、新幹線の中で何か読む物が欲しいな、と思い、駅構内の少ない在庫からロバート・A・ハインラインの『夏への扉』を引っ張り出した。

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

山下達郎の同名楽曲において吉田美奈子がその物語をモチーフとして使用した事などでも、殊、日本で絶大な支持を得ている永遠の名作SF小説だが、手つかずのままだったのだ。ある一定の世代にとっては信じられない事だろうが、私はアシモフ、クラーク、ハインラインという三大SF巨星の作品の恩恵をまったく受けずに育っている。仕方があるまい、僕達にはドラえもんはおろか、ガンダムエヴァンゲリオン涼宮ハルヒもいたし、300円も出せばスピルバーグやルーカスの映画を自分の部屋で観る事ができ、挙句には『MMR マガジンミステリー調査班』を愛読していたのだから。まぁ、最後のは冗談としても恵まれたSF環境にいたが故、ヴォネガットなどのいくつかの例外を除いてSF小説という鉱脈に手を出していなかった事を悔やんでいる。SFの「何だって起こり得るぞ」という感覚を読書体験でもって若い内に身体に染み込ませておきたかったのだ。


さて、肝心の『夏への扉』だが序盤から実に面白い。文体の読みやすさもあって、ページを捲る指が止まらなかったのだけども、ロマンチックというより強いロリータコンプレックスを感じさせる着地(日本でこの作品が受けている理由はこれか?)に、ちょっとだけ気持ちが醒めてしまう。でも、まぁそれを差し引いても面白かった。おそらく誰もが作品のハイライトに挙げるに違いないプロローグのセンテンス(エピローグでもリフレインする)、これで充分だ。

彼は、その人間用のドアの少なくともどれか一つが、夏に通じているという固い信念を持っていたのである。これは、彼がこの欲求を起こす都度、ぼくが十一箇所のドアを一つずつ彼について回って、彼が納得するまでドアをあけておき、さらに次のドアを試みるという巡礼の旅を続けなければならぬことを意味する。<中略>だが彼は、どんなにこれを繰り返そうと、夏への扉を探すのを、決して諦めようとはしなかった。

この文章に、SFの美しさが全て込められているような気がする。この美しさは、『夏への扉』刊行の13年後、日本の漫画家である藤子F不二雄がご存じの通り、ドアにセンス・オブ・ワンダーを託したように、脈々と受け継がれていくものなのだろう。そう、このポジティブなヴァイヴに溢れるイマジネーション、これを僕はいつまでも染み込ませておきたいのだ。