青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ミツメ『うつろ』

ミツメというバンド。

『mitsume』『eye』という2枚の傑作アルバムのリリース、ライブにおける確かな演奏力、そして「青春」「男の子」を見事に体現する美しき4人のルックスも相まってインディーの枠を越えたスーパーバンドへの飛躍が今1番期待されるバンド。そんな彼らの4曲入りシングル『うつろ』がリリースされた。

うつろ

うつろ

ある世代は思わず往年のくるりを重ねてしまうような、音源を出す度に変化を見せるその音楽性は今回、サイケデリックグルーヴの様相を見せている。相変わらず全ての楽曲で川辺素の天才的なボーカルがネオアコとJ-POPと歌謡が隣接するメロディを奏でており、これさえあればミツメはどんな音を鳴らしてもミツメだ、と頼もしく思えます。そして、今回の音源はナカヤーンの安定したベースプレイの反復が肝。僕は音楽雑誌がこういう書き方をするのを、とりわけ童貞時代、とても嫌っていたわけですが、あえて満を持して書くと、今回の音源におけるミツメの演奏の気だるくも官能的な反復に「セックス」を連想せずにいられない。そうなれば、その相手は「きまぐれ女」でしょうか。「いたずらな瞳の前で 適わない」「かどわかされそうで」「振り回されて」とルックスから連想される通りの受身男子っぷりですが、反復に色を添えるギターのエロティックさは油断なりません。



また違う書き方をするならば、

日常の退屈を音にしたい

と言ったのは確かフィッシュマンズの佐藤伸二で、

空洞です

と言って解散していったのはゆらゆら帝国だったか。あの感覚に近いものをミツメは今回の音源で試みているように思う。「うつろ」の歌詞に目を向けてみても

飽きるまで 騒いでも 空しさが埋まらない
白けていく 街を見て 散らしてた焦る声が
耳元で囁くのに 僕はまだうつろ

どう聞いても強い厭世観のムードが漂っているではないか。かと言って、ここにいちいち世代観を託したりするのは尚早だ。夜通しのパーティーの後に訪れるのは「あー楽しかった」という感情だろうか。絶対に「あー終わってしまった」という虚無感ではないかしら。世代を問わず誰だって。いや、やはり「よーし、楽しかったし明日から頑張るぞ!」と思える人もいるだろう。でも、僕は絶対にパーティーの後に落ち込む人間を支持したい。

死ぬほど楽しい 毎日なんて まっぴらゴメンだよ 暗い顔して 2人でいっしょに 雲でも見ていたい

なんていう風に佐藤伸二は歌っていたけども、生活していくにはこの「倦怠」「退屈」の持つチルアウトする感覚は絶対に必要だ。ミツメは今回それを見事に鳴らしているように思うのです。