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ポップカルチャーととんかつ

土井玄臣『The Illuminated Nightingale』

土井玄臣のニューアルバム『The Illuminated Nightingale』がリリースされた。

The Illuminated Nightingale

The Illuminated Nightingale

2005年にリリースされたくるり主催のレーベル、ノイズマッカートニーのコンピレーションに収録された「終電はあの娘の家」(超名曲)にてその存在を知った人も多いだろう。ちなみにこの2枚リリースされたノイズのコンピ、口口口、古里おさむまつきあゆむなどを輩出するという、優秀な新人発掘の場でございました。さて、そこから沈黙する事約5年、誰もがその名を忘れかけていた頃、2010年に無料配布アルバム『んんん』をリリース。七尾旅人以降の、そして関西という土地のブルースとリズムを吸い込んだその歌で、その才能の健在ぶりをアピール。続けて2011年には長野のインディーレーベルこれレコードから『それでも春を待っている』をリリース。そして、2年の間隔を空け、満を持してリリースされる全国流通盤のレーベルはなんとSerph、World's end girlfriends、テニスコーツらの作品をリリースしているあのnoble。


さて、あえてどこにでも書いてあるようなこんなバイオグラフィーをたらたらと書き記しているのは、アルバムの感想を書き始める勇気がないからに他なりません。土井玄臣の音楽に対して何か書こうと試みると、どんな言葉もふさわしくないのではないか、という絶望に襲われるのです。沈黙。思い入れが強いというのもあるのだけど、土井玄臣の音楽は往々にして人を黙らせてしまう何かがある。ような気がする。Nobleからのリリース、という事もありますし、「耳当たりのいいフォークトロニカを基調としたサウンドにポップなメロディーを多彩な声色で紡ぐシンガーソングライター」そんなキャッチーなレジュメも通用してしまいそうな音楽ではあるのだけど、それが似つかわしくない事は、アルバムを手にした誰もが気づくだろう。そして、その音楽の深淵を覗き言葉を失うはずだ。そう、土井玄臣のそれは、例えばNIRVANAだとかAphex Twinだとか初期の七尾旅人だとか、そういったパーソナルの深く暗い所に浸食してくる、もうちょっと名前を挙げるのさえ躊躇ってしまうような類の音楽なのだ。


だからこそ、黙りたい。しかし、少しでも多くの人がこのアルバムに興味を持って頂けるよう、何か記しておくべきではないか、という葛藤の中、このエントリーは書き進められています。とにかく素晴らしいアルバムなのだ。年間ベストにRICARDO VILLALOBOSやMattew Herbertが挙げられている事からも伺えるテクノを経由した耳が完全セルフメイドで作り上げる多彩なサウンドは、ローとハイを、アンビエントとアシッドを行き来する。そして、弾き語りながらフォーキーに陥ることなく圧倒的にオルタナティブでポップなメロディーセンス。そのどれをとっても一級品の才能が存分に発揮され、その全てが歌に奉仕している。パッケージされた空気も呼吸も全て歌だ。そして、歌はいくつかの物語を紡ぐ。


歌詞カードに描かれている印象的なイラスト。

当然、かの『天空の城のラピュタ』のオープンニングのオマージュだろう。あの作品は、空から落ちてきた女の子を再びに空に浮かび上がらせる物語だった。そして、今作『The Illuminated Nightingale』のジャケットアートワークの女の子。

彼女は落ちているように見える。いや、でももしかしたら彼女は浮かび上がっているのかもしれないではないか。私が土井玄臣に魅かれたのは、天と地、性差、時間軸、祝と呪、愛と憎だとかあらゆる枠組みを曖昧にしてくれる音楽だと思ったから。いや、曖昧というのでなく、全ては表裏一体であるという世界の構造を、諦めと優しさで、そっと差し出す。そして、それを物語ることで、枠組みからこぼれ落ちた人々を浮かび上がらせる。

今も君はどこかにいて 何も起きてなくて
揺れてなくて 壊れてなくて 笑っているっていうのはどう?
「オスカー」

逢えない物語を僕は書き換えて この先に君がいるのさ
「カファール」

さよならサリー嘘をついた これは全部僕のこと
「サリー」

嬉しい日に変えてゆく 君が起きる前に
「夜明け前」

彼は音楽を通して、ありきたりで悲惨ないくつかの現実を物語に書き換えている。いくつもの名のない夜に、人々に、名前をつけて、光を灯し、照らす。それがたとえ、ほんの束の間でも。『天空の城ラピュタ』において、女の子を浮かび上がらせたのは、鉱山で働き、下へ下へ潜っていく男の子だった。同様に土井玄臣も深く夜に潜っていく。

すべての小夜鳴き鳥(ナイチンゲール)は 
この夜をつかまえて
恋物語を謡い出す 
この魔法が地に堕ちるまで

The Illuminated Nightingal、その夜の鳥のさえずりは土井玄臣の歌そのものに他ならない。




というわけで、とてもオススメなんでございますなぁ。是非手にとって聞いてみて欲しい。あなたの夜に忍びこみます。JET SET購入特典の「男の60分」(インタビューと音源がたっぷり収録されているらしい)も気になるし、タワーレコード特典の「ダークナイト」のピアノバージョンがとてもよかったし、どこで買ったらいいか悩んでしまいますね。個人的にはこのアルバムに「カファール」と「自転車狂想曲」が一緒に収録されたのがうれしい。赤い自転車の曲。ここに「終点はあの娘の家」と「マリーゴールド」を加えて1枚のEPにして欲しいものです。後、「カファール」と「自転車狂想曲」に挟まれた「サリー」と「Auf Wiedersehen」がむちゃくちゃ好きで、ハイライトです。いや、でも「崖てな」から「ナイチンゲール」にかけても凄いしな。なんだか締め方が全くわからなくなってしまったので、土井さんがブログに記していた言葉を引用して終わろう。

『これは恋物語だ』という時、どういうものを想像するだろう
人によってドキドキするようなこれから起こる未知の体験を想像したり
怒りと屈辱に満ちた後悔としての記憶だったり
遠い過去の寄る辺の出来事だったりするのかも
死が別つ物語だったり戦争の話だったり暴力の中にあったり退屈だったり優しさだったりデカダンだったりするんだろう
恋物語』っていう言葉にあらゆるものごとが出たり入ったりする
諦念と観念の物語と優しさと暴力の物語と