青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

坂元裕二『東京ラブストーリー』


現代テレビドラマ界のトップランカーである坂元裕二が、若干23歳にして書き上げたのが、この『東京ラブストーリー』(1991)である。テレビドラマというのは時代の風俗を目一杯吸い込んで作り出されるものだから、古くなっている点は勿論ある。しかし、それを差し引いても眩いばかりの傑作である。


まず、会話のリズムがいい。

カンチ「じゃあ、また明日」
リカ「もう今日だよ」
カンチ「あ、そっか」
リカ「そ」
カンチ「じゃあ、また後で」
リカ「寝坊しないように」
カンチ「目覚ましかけて」
リカ「パジャマ着て」
カンチ「歯磨いて」
リカ「毛布にくるまって」
カンチ「いい夢見て」
リカ「カンチの夢でも見ようかな」
カンチ「じゃあ、俺も」
リカ「じゃ」
カンチ「じゃ」
リカ「ばいばい」
カンチ「ばいばい」
リカ「おやすみ」
カンチ「おやすみ」
カンチ「寝坊するなよ」
リカ「それさっき言った」
カンチ「ああ、そっか。 いい夢見て」
リカ「それも」
カンチ「そっか」
リカ「なんか、これじゃ、いつまでたっても帰れないね」
カンチ「そんな夜もあるよ」
リカ「うん。じゃあさ、こうしよう。せいので一緒に後ろ向くの」
カンチ「おっけー」
2人「せーの」

THEトレンディドラマというような気恥ずかしさはあるが、そのリズム感は、平凡や言葉たちを、まるで音楽のように躍動させている。


今作は鈴木保奈美が演じる”赤名リカ”というキャラクターの為にある、と言い切ってしまいたい。鈴木保奈美のアニメやゲームのキャラクターのような”軽さ”を身体に落とし込んだ演技メソッドは今なお新鮮で、放送当時においてはさぞかしニューウェーブであったことだろう。リカは全身全霊で、その1秒1秒に「アイラブユー」を刻みこむ。彼女が撒き散らすその魅力に、我々視聴者はカンチと共にすっかり翻弄されてしまう。彼女の台詞回しのなんと魅力的なことか。例えば、突然のキスの理由を求められたなら、「電話帳250冊喋っても説明できないよ」と返す。ちなみにあの有名な「カーンチッ、セックスしよ」は、なんと早くも3話で出てくるのです。しかも、正確には「ねぇ、セックスしよ」でありまして、「カーンチッ」の部分は違うシーンで発されるもので、編集されてどこがで流れたものがクラシックとして根付いたのでしょう。


東京では誰もがラブストーリーの主人公になれる

このドラマのキャッチコピーである。小田和正の「ラブストーリーは突然に」が流れるOPで主要キャストらは、街の群衆に紛れている。街の中には無数の人々がいて、それぞれに名前のない物語たちが潜んでいる。その中から無作為に拾い上げられたカンチとリカ。2人は幾度となく名前を呼び掛け合い、自らの固有性を主張していく。2人の若者の稚拙な恋愛は、燦然と煌めき、そして静かに終わっていく。そう、この作品は、トレンディドラマの定石を覆すようなアンハッピーエンドを迎える。しかし、リカは言う。

人が人を好きになった瞬間って、ずーっとずーっと残っていくものだよ。それだけが生きてく勇気になる。暗い夜道を照らす懐中電灯になるんだよ

上記の考え方が貫かれている限り、全てのラブストーリーは肯定される。されるべきなのだ。たとえ、それが報われなかった、伝えられなかった”アイラブユー”だったとしても。