青春ゾンビ

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トーベ・ヤンソン『小さなトロールと大きな洪水』『ムーミン谷の彗星』

何より素晴らしいのは、ムーミントロール、スニフ、スナフキン、その他あらゆるムーミン谷に登場するキャラクターが、自由である所だ。世間体なんてものを気にせずとにかく自分らしく、枠組みにはまらない。アニメのムーミンにしか馴染みのない人は意外に思うだろうが、とにかく彼らは口が悪い。『ムーミン谷の彗星』においてムーミントロールが食虫植物との対決において見せた悪口のバリエーションを紹介したい。

やい、この炊事ブラシめ、ひょっとこやろう、おいぼれねずみ、おまえは死んだぶたの昼寝のゆめみたいなやつだな、しらみのさなぎめ!

なんて豊かさだろうか。とにかくみな一様にみっともなくて、愛おしい。弱虫で自分勝手で見栄っばりで文句ばかりでゲロばかり吐く、小さな生きものスニフでさえ、「あぁ、こいつは僕だ」と思えてしまう。トーベ・ヤンソンが物語を書く際によく口にしていた言葉があるそうだ。

「どこにいても居心地がわるく、外または端っこにとどまっていて、途方にくれている」そんな「とるにたらない生きもの」たちのために自分は物語を書いているのだ

ブラボー。



さて、今回紹介する『小さなトロールと大きな洪水』『ムーミン谷の彗星』は9冊のムーミンシリーズの1作目と2作目だ。3作目である『たのしいムーミン一家』が世界的に大ヒットを記録するまで、あまり日の目を見なかった2作で、その後のシリーズとはかなり雰囲気を異にする。第二次世界大戦最中、もしくは直後にヤンソンによって描かれた作品で、暗い世情が作品にも影を落としている。1作目『小さなトロールと大きな洪水』においては、ムーミンパパは行方不明、家族はバラバラで安住する家すらない。2作目ではやっと安住の地を見つけたと思いきや、世界の終わりを告げる彗星がムーミン谷を襲うのだ。しかし、それらは全てハッピーエンドへ向けての助走に過ぎない。

とにかく、これはわたしにとってはじめての、ハッピーエンドのお話なのです!


トーベ・ヤンソンによる『小さなトロールと大きな洪水』序文

シニカルにたっぷりのユーモアが込められた冒険につぐ冒険、そして、辿り着くハッピーエンド。ヤンソンは物語で世界を塗り替えてしまう。『ムーミン谷の彗星』においてスナフキンがこんな事を言う。

よし、よし。でも、冒険物語じゃ、かならず助かることになっているんだよ。まあちょっと、上を見てみろよ

そう、我々はとにかく冒険に出かけなくてはならない。



『小さなトロールと大きな洪水』でとりわけ印象的な、青い髪の少女と赤い髪の少年のボーイ・ミーツ・ガール。2人は大海原の旅人達の道しるべとなるために光り輝く。複雑怪奇な人生において、恋がどんな意味を持つのか、それをかくも素敵に書き記してしまうなんて。その2人のボーイ・ミーツ・ガールののち、離れ離れになっていたムーミンパパとムーミンママは再び出会い、灯台のような、そしてストーブのようなムーミンやしきに住まうのだ。



ムーミン谷の彗星』は1作目以上にとびきに好きな作品であった。不穏なルックを持つ「じゃこうねずみ」が客としてムーミンやしきに現れ、不吉な予言をする。

この雨は、ふつうのものじゃないな

次の日には空はどんより暗くなり、全てのものがどす黒く鈍っている。どうやら、地球は滅んでしまうらしい。一体何が起きているのかを、勇敢にも調べに行くムーミントロールとスニフ。学者がたくさんいる展望台によれば地球はたったの4日後に消滅してしまうらしい。そして冒険に次ぐ冒険。大とかげに大鷲に地球の底まで落ちる滝、食虫植物に難破船に大砂漠。そんな中にも美味しい食べ物と恋と音楽とダンスがある。

「あんた、ほんとにダンスがじょうずね。これ、何というダンスなの」とスノークのおじょうさんがききました。
「ぼくのダンスさ。ぼく、いま発明したんだ」とムーミントロールは答えました。

そして、まもなく彗星が衝突するかもしれない、という時にムーミンママは何をしていたか。

「あのう彗星はどんなぐあい?」と、ムーミンママはききました。
「まっしぐらに、やってきておる。ケーキをやくのには、またとないよいときだわい」じゃこうねずみは、気むずかしい顔でいいました。

わお、これなんてそのままミッシェルではないか。

世界の終わりが そこで見てるよと 
紅茶飲み干して 君は静かに待つ
パンを焼きながら 待ち焦がれてる 
やってくる時を 待ち焦がれてる


Thee Michelle Gun Elephant「世界の終わり」

しかし、世界の終わりに作ったせっかくのケーキも小さな生きものスニフに言わせれば、「あんな古ぼけたケーキなんか、クソくらえ。」ときたものだ。これまた、最高だ。そして、このお話の何より感動するセンテンスは、ムーミントロールスナフキンが、地球を滅ぼしてしまうであろう彗星の、その孤独に胸を痛める件ではないだろうか。世界の本当に在り方が、シンプルに美しく紡がれている。トーベ・ヤンソンムーミンシリーズ、絶対的にオススメです。