青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

岡田恵和『泣くな、はらちゃん』


コミカルな長瀬智也という事でクドカンテイストを想起していたのだけど、まさかの木皿泉だった。今作の脚本は岡田恵和。作品から主人公が飛び出してくる、というプロット自体*1はとりわけ新しいわけではないのだけども、その主人公が作品の創造者に恋をする、というのがおもしろい。主人公はらちゃん(長瀬智也)が「最近この世界が暗く重たいのは、おそらく我々の世界の神様が機嫌が悪いからだ」として、神様を元気づけなくては!と外に飛び出す。そして、外へ飛び出すきっかけはノートへの衝撃(≒地震)という設定。3.11以降の世相を確かに反映しながらも、ポジティブなヴァイブスで推し進めていく筆致が素晴らしい。漫画の世界から飛び出してきたはらちゃんは見るもの全てが新鮮で、「動物」(犬、猫)「芸術」(音楽、漫画)、「食物」(かまぼこ、ピラフ、チョコレート)、「恋愛」などなど、我々の生活における当たり前を、いちいち心の底から感動する。また、2話でのはらちゃんの

私は、片思いは辛いですけど美しくてとても大切なものだと学びました。
そして、恋にはもう1つ両思いというものがあります。私はその両思いもしてみたいです。だから決めました!
越前さん、私はあなたと両想いになります!

という叫び。当たり前の事を当たり前のように言っているだけなのだけど、そのストレートさは、私たちが世間体やら自意識やらでややこしく絡んでしまった糸をほどく。生きて行く上での大事なルールをプリミティブに再構築してくれる。つまり、はらちゃんが行っているのは私たちの日常の再肯定なのである。個人的にかなりグッときてしまったプロットは、田中くん(丸山隆平)が大好きな越前さんの事を心の中でこっそり「女神さま」と呼んでいたそのボンクラさが、はらちゃんの登場によって本当に、越前さんが「神さま」とイコールで結ばれてしまうくだり。



しかし、何でこんなにも木皿泉なのだろうか。確かに『すいか』以降の全ての木皿泉ドラマのプロデュースを手掛ける河野英裕や、『Q10』の演出を務めた狩山俊輔がスタッフ陣に名を連ねている。

美しいんだよ 片思いは
世界は片思いで出来てるんだよ

なんて台詞廻しはもちろん、空や海や橋を捉えるロングショットを合間に挟む画面のリズムすら木皿泉ドラマのようだ。やはり河野英裕の影響力なのだろうか。とにかくこんなにも呼吸レベルで似るものなのかと不思議でならない。

*1:パッと思いつくものだけどウディ・アレンカイロの紫のバラ』とか