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ポップカルチャーととんかつ

日本テレビ版アニメ『ドラえもん』について


コミックス初期のドテっとしたフォルムとはまた異なる、バランスが異様に悪いドラえもんの造形。これぞ日本テレビ版のアニメ『ドラえもん』である。Wikipediaを読むのがてっとり早いのですが、抜粋して説明いたしますと、この日本テレビ版『ドラえもん』は我々に馴染深いテレビ朝日版に先駆けて1973年に半年間26回のみ放送された幻のアニメだ。再放送はおろか、「懐かしのアニメ」などの特番でも紹介される事はほぼない。その理由は著作権の不明、という事に加え、原作者である藤子F不二雄がこの番組を気にいってなかった、というのが大きいようだ。小学館の関係者によれば、「原作とは似て非なるものだ」という言葉を残している上に、故郷富山県で再放送が決定すると、

たしかに一度は許諾して作ったものだけど、私の原作のイメージと全然違うし、放送してほしくない

と大変怒り、小学館を通じて放送中止の警告状を送り放送を打ち止めた、という証言も残っているそう。あのF先生のパブリックイメージからするとにわかに信じがたいエピソードである。私が文献を読み漁った中で、F先生が激しい怒りを露にした記述は、担当の編集者が彼に対して何気なく手塚治虫への苦言をこぼした時くらいである(ちなみにその時は仕事場に立ち入りを禁止するほどの怒りを見せたらしい。恐るべきF先生の手塚への敬愛)。大山のぶ代の証言でも、テレビ朝日での再アニメ化が決定した際、

嫁に出し傷ついて帰って来た娘を再び世に出すのは嫌だ

と、難色を示す発言をしていた、とある。



オープニング曲が最高なのでYouTubeなどで検索して聞いてみて欲しい。まずもって冒頭の「ヒャアー」という気の抜けた掛け声がたまらない。タイムマシーンの演出が異様にサイケデリックなのもいい。昭和期のアニメのそこはかとない薬物臭って何が要因なんだろうか。そして、

ハァ ドラドラ ハァ ドラドラ

という合いの手が秀逸である。

ぼくのどらえもんがまちをあるけば
みんなみんながふりかえるよ

なんて歌詞に合わせて、町の人々が驚き慌てる演出は『ドラえもん』に通底する「異和への肯定」というムードと随分と異なる。誰が詞を書いているのだろう、と思わず調べてみたわけですが、「作詞:藤子F不二雄」とありずっこける。つまり、まだF先生自身も『ドラえもん』に対するイメージが定まりきっていなかったのだろう。



記録によると、ドラえもんの声優は、前半は『あっぱれさんま大先生』のナレーションでお馴染の富田耕生。これは当時のスタッフがドラえもんに対して「世話好きなおじさん」というイメージを持っていたからだそうだ。道具を出す時は「あらよっと」と言い、噂に過ぎないが「オレ、ドラえもん」と言っていたらしい。やはりイメージに合わないという事で、後半は野沢雅子に変更している。ご存じ『ドラゴンボール』の孫悟空の声優さんだ。これはちょっと驚愕のエピソード。後、特筆すべきはテレビ朝日版「スネ夫」を演じている肝付兼太が「ジャイアン」を、テレビ朝日版「のび太」の小原乃梨子が「のび太のママ」を演じている所でしょうか。実にややこしい。「タケコプター」を「ヘリトンボ」と呼んでいるらしいが、これは原作の連載初期はそういう名前だったのからだろう。そういえば、小さい時に親戚のお兄さんにもらって貪るように読んでいたてんとう虫コミックス(初版)の初期巻では確かに「タケコプター」でなく「ヘリトンボ」になっていた。こうなってくると、詳細な内容が気になってきて仕方ないってもので、何とか権利をクリアしてフィルムが現存するものだけでも放映して欲しい。