青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

『マームと誰かさん・ふたりめ飴屋法水さん(演出家)とジプシー』

『マームと誰かさん・ふたりめ飴屋法水さん(演出家)とジプシー』を少し前に観て感想を書こうと思っていたのだけど、すっかり忘れていた。『Kと真夜中のほとりで』以降で1番好きな藤田作品だった。
思い出されるのは、飴屋法水の操るサンプラーから繰り出される音、蚊取り線香の匂いや、飴屋法水が自転車と共に横転すると共に匂い立つ林檎の香り。聴覚に加えて嗅覚でもって記憶を刺激してきた。舞台の床に開演前にチョークで描かれた林檎の絵が、事故検証現場に、そして本当の林檎に、という変容のマジックも楽しい。最も印象的だったのは出入り口が解放され、外の通りが舞台として取り込まれていた点だろう。演じられている虚構の向こう側に現実の通りがあるのだけど、どうしてもそちらのほうが虚構に見えた。嘘みたいな風景だったのだ。そうすると、どうしても演じられているものが「本当の事」に見えてきてしまうのです。
青柳いづみが相変わらず素晴らしく(相変わらずというかどんどん凄くなっていく)、戯曲に「生理になっちゃって」なんて書いて彼女に言わせてみる事でなんとかこっち側に繋ぎ止めようとするのだけど、どうにも超越した感じが出ていた。どうしたって「天使だ」と言わざるを得ない位置から見つめ、涙を流す彼女にすっかり見惚れてしまう。

すると外の通りに1台のバンが現れ、止まる。そして、聖歌隊が現れる。讃美歌と天使。そして、行われる「3秒間」のリフレイン。舞台の前半は小銭や役者の肉体で「放射上に飛び、落ち、床に叩きつけられる」という運動で満たされている。観る者に陰惨な事故のイメージを執拗に植えつける。しかし、リフレインはその事故の別の側面を照らし出す。前述の飴屋法水の繰り返される横転は無機質でありながらも痛々しい。しかし、目を背けたくなるようなその痛みが繰り返される事で、その姿を天使(青柳いづみ)に見つめ続けられる事で、彼もまた神聖さを帯びてくる。何の為に彼は横転するのか。彼が死の3秒間に想ったのは何だったのか。「過去を全て昨日と呼ぶ娘」の事、「今日を生きる者」の事。「天からの贈り物」の未来の為に。藤田貴大のリフレインが、過去から未来へベクトルを変えた。そこには圧倒的な神々しさが横たわっていた。そして、「未来」のイメージは「空」に託され、役者は外に飛び出す。

だれのためでもなく 暮らしてきたはずなのに
大事なこともあるさ あー天からの贈り物

UP & DOWN UP & DOWN SLOW FAST
UP & DOWN UP & DOWN ナイトクルージング

窓はあけておくんだよ いい声聞こえそうさ

開場前に外の通りで待っていた時、清澄白河においては目をひくクラシックカーが会場前に駐車されていた。劇中で、その車は藤田貴大によってエンジンをかけられる。そして、飴屋法水が駆け上がった。後に、かえる目の細馬さんのブログで知ったのだけど、あの車はZAKが持ってきたもので、元はフィッシュマンズ佐藤伸治の持ち物だったそうだ。佐藤伸治の車にエンジンをかけたのだ、藤田貴大は!この「今」というのは佐藤伸治にとっての「未来」なのだなぁ。