青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

宇田鋼之介『虹色ほたる-永遠の夏休み-』

宇田鋼之介虹色ほたる-永遠の夏休み-』を観た。

東映アニメーションが30年ぶりに漫画原作でない長編アニメを手掛けた事で(一部の地域で)話題の1作。キャラクターと作画監督が『時をかける少女』の森久司、画面設計が『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』の山下高明、という細田守監督まわりの人脈で固められ、更に美術監督らに『涼宮ハルヒの憂鬱』や『けいおん!』関連の人が起用されている。この高レベルな人材でもってCG等に頼らず手書きの作画で『となりのトトロ』の高みに挑むのだ、という心意気が素晴らしい。ゲーム『ぼくの夏休み』を彷彿とさせるノスタルジーというよりももはやファンタジーの域にある、「あの時間」が温もり溢れる線と色調で画面いっぱいに広がっております。

最近の作品と比較してみると、『ももへの手紙』などとはかなりかぶる点があるのだけど、あちらはいささか作家のフェティッシュさが全面に出過ぎているので正当で高品質なジュブナイル作品になりえている今作に軍配が上がるのではないだろうか。また「カブトムシ」「タイムスリップ」「父」と実はかなり本年度大長編『ドラえもんのび太と奇跡の島』とモチーフがかぶっているのだが、ドラえもんの目の当てられなさに比べて、派手さはないものの、じっくり練られた脚本に好感を持ちます。


とは言え、いささかバタくさいし、説教くさいし、ラストはあまりに蛇足である。『となりのトトロ』が半永久的に観賞可能なのは、サツキとメイの成長やトトロとの別れが描かれていない点にある、との指摘を思い出す。しかし、それらの欠点を補うほどのアニメーションの快楽がこの作品にはある。既視感溢れるモチーフやシークエンスも全て、見事な作画によって焼き直しされており、結果、それを見つめる我々に「あった記憶」から「ない記憶」にまでフックをかけてきて感情を揺さぶってくるのだ。「楽しい時間は何故終わってしまうのか」という永遠のテーマを「蛍」「花火」「夏休み」「お祭り「タイムスリップ」のモチーフに託した直球の作品です。もうそこらへんについて長々と書くのは野暮というものなので、とりあえず、完璧な作品ではないが観ても損はなし!いや、むしろ胸かきむしられるで、とだけ記しておきます。ぜひともあの蛍と花火はスクリーンで観て欲しい。

松任谷夫妻が音楽を手掛けておりまして、エンディングテーマに半端ない名曲来たら涙腺崩壊する!と心配していたら、そこそこの曲だったので安心しました。