青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

小沢健二コンサート『東京の街が奏でる』


オペラシティにて小沢健二コンサート『東京の街が奏でる』の第三夜を観た。開演時間が近づくと黒子が登場し舞台上のメトロノームを動かし始める、10を超えるメトロノームの音の渦、時間の激しい流れが立ちあがるよう。再び黒子が針を止め、最後の一つが鳴り止むと照明が暗転し、オ―ルゴール音と共に東京スカパラダイスオーケストラNARGOが登場する。(おそらく)小沢健二のペンによるオープニングモノローグを読み上げる。その内容が小沢健二の音楽の核をギューっと要約したような実に素晴らしいものでした。あまりに濃密で幸福な生の意味を知るような時間、というのはあっという間に過ぎ去ってしまうし、それが再び訪れるというのはとても難しい事である。複雑なあやとりのように。では、幸福な日々が過ぎ去っていた後の毎日に僕らができるのは何か?再びそれが訪れるように待つこと、祈ることだ。そんな時に街に鳴り響いていて欲しいのは、幸福な時間とそれに対する諦観と祈りが込められた音楽、小沢健二の音楽ではないか。そして今の日本には、衣食住すらままならない人々がいる。音楽は生活必需品ではない。しかし、「再び愛おしい時間を送れるように」と信じて待つ力を与える事はできるのではないか。モノローグと共に鳴っていたオルーゴール音は名盤『LIFE』

LIFE

LIFE

の最後に収められた「いちょう並木のセレナーデ(reprise) AND ON WE GO」だ。

夜中に甘いキッスをして 今は忘れてしまった たくさんの話をした

そんな時間のreprise(反復)。過ぎて行く日々を ふみしめて僕らはゆく、時間軸を曲げて。



<セットリスト>
東京の街が奏でる 
さよならなんて云えないよ
ドアをノックするのは誰だ?
いちょう並木のセレナーデ
今夜はブギー・バック/あの大きな心
あらし
いちごが染まる
それはちょっと
天使たちのシーン
おやすみなさい、仔猫ちゃん!
夜と日時計
東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー
僕らが旅に出る理由
強い気持ち・強い愛
春にして君を想う
暗闇から手を伸ばせ
愛し愛されて生きるのさ
ラブリー
ある光
神秘的
東京の街が奏でる


小沢健二のギターを中心に据えて、中村キタローのベース、真城めぐみのコーラス、そこに弦楽四重層が加わる編成。楽曲は全てこのコンサートのために服部隆之がアレンジしたそうだ。前回のひふみよライブの一気に身体中が熱を帯びていくアッパーな感じとは異なった落ち着いた甘美な演奏。東京という街に潜むメロウネスを摘むんで咲かすような素晴らしいアレンジだったと思います。ですので、客席への立つ、座るの、歌って(しかも女の子〜、男の子〜みたいなのりで)の指示とかはなくてもよかったな。立つともうみんなひたすら手拍子するものだから、演奏による楽曲のリズムを聞く事ができなかったのが残念。太くなった歌声が若干トゥーマッチだったのはご愛嬌という事で。理想としては『球体の奏でる音楽』

球体の奏でる音楽

球体の奏でる音楽

期の渋谷毅のピアノを中心にウッドベースとドラムと弦楽四重層の着席ライブを見てみたい(と言いますか、「奏でる」とあるので、今回は絶対こうだ!と思っていました)。照明による影を大胆に使った会場を活かした演出、前回ワンフレーズのみだった「ある光」をフルで演奏(この曲のみエレキギターに持ち変えるオザケン)、他にも「春にして君を想う」「夜と日時計」「それはちょっと」「おやすみなさい、仔猫ちゃん!」「Back To Back」(何故か三夜だけやりませんでした)などの披露、「今夜はブギーバック」でのオザケンラップ、新曲「神秘的」での「それは台所の音のように 確かな時を遠く照らす」という名フレーズ、「愛し愛されて生きるのさ」でバックスクリーンに発表当時の若く輝かしい小沢健二の映像が流れた事、などなど語りたいトピックスはたくさんあるのですが、1番印象的だったのは前回「感じたかった僕らを待つ」と歌い変えられた「ラブリー」のフレーズが「それでLIFE IS COMIN' BACK」に戻っていた事。他にも同曲の「CAN'T YOU SEE THE WAY? IT'S A」のフレーズは前回と同様「完璧な絵に似た」のまま、「いちょう並木のセレナーデ」の「I’m ready for the blue」が「わかってきてる」から元に戻っている、などあったのですが、

LIFE IS COMIN' BACK

このフレーズを呼び戻した事は単なる気まぐれなんかではなく、前述のオープニングモノローグと共に、小沢健二が今回のコンサートを明確な意思でもって行っているのだという事が伺える重要なトピックであると思う。