青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

星野源『フィルム』

フィルム

フィルム

星野源『フィルム』がなかなかによいのだ。私の星野源への想いは複雑である。『ばかのうた』が出た直後は「こんなに素敵な人はいない!」と目をハートにして夢中で聞き入っていたのだけど、なんだか徐々に人間性に疑いを持ち出してしまった。『ばかのうた』は名盤だし、音楽と人間性なんて関係ない!とは思いつつもやっぱり嘘っぽいな、という違和感が消えない。えげつなくモテそうだし、凄い性欲強そうなのに老人の歌とか歌われてもなぁ。更にはラジオでは下ネタを言ったり、過剰なまでにイケてなかった学生時代のエピソードを披露したり、男女問わぬ支持を集めるその見事なセルフプロデュース力もちょっと鼻についた。後、何より『くだらないの中に』での、歌唱と歌詞に、以前1stで感じられた恥じらいのようなものがなくっているような気がしたのもでかい。個人的な好みだけど、歌う事に照れを持っている人の歌が好きなのです。

髪の毛の匈いを嗅ぎあって くさいなあってふざけあったり

なんてのはまぁ実にフックのある巧みなフレーズだけども、ちょっと技巧的すぎやしないか。槇原敬之のコピーの域を出ないというか。



そして、震災を経てリリースされた2ndアルバム『エピソード』は非常にシリアスな内容で重力に絡みとられていた。

エピソード

エピソード

推測だけども、星野源自身もあらゆる需要に混乱していたのではないだろうか。もうどれが本当の自分なのか、演じている自分への違和感。しかし、今作『フィルム』はそこにふっきれている。一枚皮をはがせば虚構に満ちた日常も、あらゆる需要を演じている自分も、肯定しているように聞こえる。シリアスな現状にユーモアでもって挑む軽やかさもいい。

笑顔のようで 色々あるなこの世は
綺麗な景色 どこまで本当か

電気じゃ闇はうつせないよ
焼き付けるには そう
嘘も連れて 目の前においでよ

どうせなら 嘘の話をしよう
苦い結末でも 笑いながら
そう 作るものだろ
どうせなら 作れ作れ
目の前の景色を
そうだろ

映画のつく優しい嘘のように。苦悩の末に星野源はハッピーエンドを確信していたようだ。星野源再支持!