青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

アーミル・ナデリ『CUT』

アーミル・ナデリ『CUT』をシネマートで観賞。イランの巨匠が日本人キャストで日本にて撮影、更に監督は上映中日本に滞在し、劇場にいらっしゃるという親日っぷりに単純にうれしくなってしまう。更にこの日は劇場に主演の西島秀俊も来ていました。当たり前のように監督の横に座っていたので、お客さんが「映画もドラマも見ています!」と話しかけているのを見かけなかったら「かっこいい通訳さんだなぁ」で流すと所でした。そんな西島秀俊を使って、親日家のナデリ監督がどんな映画を撮ったかというと、西島が「現在シネコンにかかっているような映画はクソだ!クソだ!クソだ!」といった感じで「映画は売春でなくアートだ!」と叫び、黒澤明の墓へダッシュして「先生ならどうしますか?」と合掌、更には溝口健二の墓石を恍惚の表情で撫で回し、とにかくボッコボコにされる中、オ―ソン・ウェルズの『市民ケーン』の煙を、小津安二郎の墓石に刻まれた「無」に重ねる、という気狂い映画愛映画でした。胸熱。しっかし、これはもう西島秀俊目当てできたお母さん達ポカーンなんじゃないだろうか。


以前「映画のつく嘘を愛している」と書いたわけですが、どうにもこの映画のつく嘘にはのれない部分もかなりあった。冒頭の街を走るシーン、名画のポスターだらけの西島秀俊の住居、屋上での映写機での名作上映会、なんかはとてもいい感じなのです。映画を体に当てる(映写機を地面に当てて、そこに裸で横たわる西島秀俊)シークエンスったら!


しかし、ヤクザのアジトに入ってからがどうにも興ざめしてしまう。非現実的な空間を立ち上げる、という意図なんかもしれないが、ちょっと安っぽすぎるように感じた。ヤクザの造詣もお粗末すぎる。無抵抗な人間へのパンチ1発に7万円払うヤクザは相当無理があるような。とは言え、西島秀俊は1発殴られるごとに、愛する名作映画を想い浮かべるわけです。「殴る」という運動が映画愛へ変動する。ここは非常にグッときました。そして、西島の肉体の尋常じゃない躁的な運動装置っぷり。お見事でした。映画が好き過ぎおかしくなりそうな人は必見!