青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

AKB48『桜の木になろう』



AKB48の新曲『桜の木になろう』が結構よいのだ。前田敦子の安定感のない歌声が素晴らしい。彼女がボソボソ歌う美メロポップアルバム、もしくは轟音にまみれたシューゲイズアルバムが聞きたい。しかし、この楽曲の最大のトピックは何と言っても是枝裕和が手掛けたMVだろう。全員が揃って歌うシーンはロングで撮って顔も判別付かないレベルで、しっかり映るのは6人のみ。ファンの人は怒ってるに違いないんだろうけど、これが素晴らしい出来栄えなのです。何と言っても松井珠理奈。映像に愛されている。



AKB48はアイドル活動という刹那を拡大解釈して生を死をモチーフにPVを撮ることがある。今回もそれだ。高校時代の仲よし6人組のうち5人が久しぶりに地元に訪れる。高校時代の友人、松井珠理奈のお墓参りのためにだ。お墓参りの後、母校を訪れ校庭に出てみると、5人は桜の木の下に制服を着た松井珠理奈の姿を見つける。この松井珠理奈は天使なのか、亡霊なのか。どちらでもある。もっと言ってしまうと彼女は輝かしい学生時代そのものなのだ。楽しかった日々を時に思い返し、またあんな時間が訪れるように、と小さく祈ることは小沢健二の歌でもお馴染みの、どうにか日常をやりぬいていくための魔法の一つだ。高校を卒業した5人はそれぞれ勉学、恋、バイト、就職とそれぞれに悩みを抱えて暮らしている。そんな時、必ず側には松井珠理奈がいるのだ。見ていてくれいるのだ。楽しかった日々は、僕たちが思い返しているだけではなく、あちらからもこっちをずっと見ていてくれている。このあまりに感動的なシークエンスに僕は涙した。そして、更に興味深いのは前田敦子。ここでも儚い、ここにいない。彼女は、過去に捉われ過ぎているから。輝かしかった日々ばかり思い返していいる彼女はどこか抜けがらのようだ。このPVではそれが死とも結びついているため、彼女は半分あっち側の人間のように撮られている。そうなのだ。楽しかった日々を振り返ることは生きる魔法でもあるが、ずっとそうしているわけにはいかない。校庭で松井珠理奈を見つけた5人は彼女と視線を合わし、そっと背中を押す。過去にとらわれ過ぎる自分たちとの別離。楽しい日々を思い返す事の美しさ、そして別離。このPVはそこまで描いている。



また、私服を着た高橋、前田、大島、小嶋、板野というメンバーと制服を着続ける松井珠理奈という構図にAKBからの卒業と継承を見てとるのもたやすいだろう。こういった幾重ものテーマを鳴らした映像を6分に詰め込み、美しい光線を当てる事までできるのだからやはり映画監督は強い。必見です。