青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

「Q10」「崖の上のポニョ」と宇多田ヒカルとミイラズ

先週の「Q10」が凄い展開になっててビックリ。なんと後1話で終わりなんですね。まだかなり散らばってるけど回収できるんでしょうか。このまま予想通りの展開だとすると、かなり

いけちゃんとぼく

いけちゃんとぼく

な感じですね。7話がハイライトでしょうか。あれはちょっと震えがきて泣きました。「ここではないどこかへ」モチーフに加えて、劇中劇(というほどのものではないけど)に、更にこれだ。

自分を照らす光
それは懐かしい光
生まれる前に見たことあるような優しい光
あそこに自分が生まれてくるのを待ってくれている人がいる
死ぬけれど続く
次々と生まれてくる人に
「ようこそ」と迎え
「いってらっしゃい」と送り出し
「おかえり」と帰る場所で待っている
どこに行きたいのか
今、わかった
俺は帰りたい
懐かしいQ10へ帰って行きたい
「Q10、おかえり」
そして
「ただいま」――――――。


いや、この凄さをきちんと理論立てて説明できる能力がないんですけどね。この回を見て「あいさつできることは幸せってのはわかるんだけど、それが主役の2人から・・」みたいな批評をしている人がいてビックリ。そういう人はThe Mirrazの「ただいま おかえり」でも聞いて勉強し直してきてください。

TOP OF THE FUCK’N WORLD

TOP OF THE FUCK’N WORLD

The Mirrazもよかったんですけど、「Q10」7話はさらに一歩進んだとこにいってますね。



Q10」と「崖の上のポニョ」が同じって前に書いて、その後「犀の角」を見て、「名前をつける」という行為について書いたんですけど、よく考えるとキュートもポニョもそれぞれ、平太と宗介が、彼女たちにつけた名前なんですね。シンクロ。そして、絶賛した「Goodbye Happiness」の宇多田ヒカルTwitter

人は夢を見させてくれるものに惹かれるけど、今回のアルバムの新曲書いた時「愛」って何?と考えて、愛は「現実を受け入れること」なんじゃないかなって思ったの。あるのは現実のみ。思ってた/望んでた「相手像」「自分像」とは違う面を見せられても、受け入れられたらいいなあ…。

とつぶやいていて、それがまさに「Q10」と「崖の上のポニョ」が鳴らしてるテーマで。好きなものがどんどんシンクロしていく快感に襲われていました。