青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

本秀康『ワイルドマウンテン』

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先日まで『ワイルドマウンテン』全巻がアプリで無料で読める、ということで盛り上がっていたので、時流に乗って久しぶりに読み返して、笑って笑って咽び泣き。もう本当に好きで、むちゃくちゃ影響を受けまくっていることを再認識しました。「また明日も見れくれるかな?」「いいともー」というタモリとの約束を律儀に守る菅彦。指のささくれを剥きながら「笹くれー」とパンダの親子を妄想する菅彦。「男子たるもの、自分の食べるパスタの本数くらい憶えておくものだぞ。」とか「冗談のわからん俺。つまらん男でございます。」とか「寂しいとか言うと、寂しいぞ。」とか、もうパンチラン製造機ですよ。『たのしい人生』『レコスケくん』『本秀康名作劇場』など傑作揃いの本秀康ワークスの中で唯一の長編にして最高傑作。アプリなどでなく、全巻即購入推奨でございます!で、終わってもいいのですが、少しだけあらすじなどを。

地球防衛軍隊長である菅菅彦は極秘任務である謎の巨大隕石追撃に失敗。隕石は中野区に墜落し、何万人もの命を奪う。菅彦は地球防衛軍を退職し、隕石墜落跡地に誕生したワイルドマウンテン町の町長に任命されて・・・

先のアプリでの無料公開が『君の名は。』のヒットに乗じてというわけではないのだろうけども、奇しくも今作も隕石震災SFものなのだ。2004年に連載を開始しながら、数多の「ポスト3.11」的作品に先駆けるような決着を迎える今作は、まさに今読むべき一作と言える。連載終了は2010年なのだが、おそらく連載開始の2004年からこの結末は用意されていたと推測されて、本秀康の先見性(6~7巻の香港編などは早すぎた『パシフィックリム』だ)とその巧みな物語構成力には舌をまかざるえない。SFとミステリーとほのぼの町民ライフを同時に発車させて、それらをキュートな絵柄とウィットな会話劇でキャッチーに仕上げてしまう本秀康の筆致は、丹念に編み込まれた複雑なコードワークを耳触りのいいポップミュージックに変換させてしまう音楽家を彷彿とさせる。結末に関しては、あえてネタバレはしないので、ぜひその目でお確かめ頂きたい。


本秀康は絵柄のファンシーさから誤解されがちなのだけども、下ネタも殺戮もブラックジョークも何でもござれな、なかなかにハードな作家だ。どこまでもかわいいのに、どこまでも下衆い。しかし、そのきわどさによって成立する、”業”としか呼びようのない情けなくて醜い心理を描くドラマの繊細さは何もにも代えがたい魅力を放っている。『ワイルドマウンテン』における”嘘”や”見栄”、その”取り繕い”によるドラマの転がし方もまた一級品である。また本秀康の漫画作品はその大概が後味の悪い結末で締められる。「君の友だち」「ヒコの旅立ち」「岡田幸介と50人の息子たち」「アーノルド」etc・・・代表作はどれにしても、とってもブルージー。『ワイルドマウンテン』はそういったこれまでの作品に零れていた”涙”への総決算的な意味合いを持っているように想う。ただ流しっ放しだったその涙に、菅彦が気付いてくれるし、銀造がハンカチでそっと拭き取ってくれる。本田くんの放尿(4巻ラスト)は登場人物の涙のメタファーとして空に虹をかける。何かを失った人々が集まる町、ワイルドマウンテン。だだっ広い宇宙にたった1人ぼっちである私達の宿命的な孤独と孤独が、その場所では親密に結びつき、音楽”ジャズ”となって流れるのだ。