青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

小原慎司『菫画報』

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『菫画報』は本当に素晴らしい。石黒正数が『それでも町は廻っている』を執筆する前に、「俺の『菫画報』を描かせてくれ!」と小田慎司本人に直接伝えた、というエピソードはとても有名だが、『それ町』は勿論、『涼宮ハルヒの憂鬱』や『氷菓』といった作品の源流にも『菫画報』は居座っているように思う。そして、源流を更に辿ると、藤子・F・不二雄先生がいらっしゃるのがまたいい。ちなみに、『菫画報』の主人公の名前は星之スミレで、通う学校は佐倉高校、というF作品オマージュが捧げられています。『パーマン』と『エスパー魔美』ですね。で、海のほうまでいくと、そこにはロフティングやリンドグレーンといった童話作家達が、プカプカと浮かんでいて、何と言うかその連なりの豊かさに、眩暈を起こしそうになります。



また、音楽界の漫画ソムリエであるスカート澤部渡さんのフェイバリット、というのも心くすぐるトピック。しかし、古本屋ではまず見かけない。ネット上でも、定価以上、特に最終巻は発行数が少なかったのか定価の倍くらいで取引されているやや希少本。少しでも安く購入できやしないか、という貧乏性精神でダラダラと引き延ばされていた読了に終止符を打つ為、エイや!と800円で即決させて頂きました(ちなみに電子版であればamazonで購入できるようになりました)。



絵柄からキャラクター造詣からお話まで何もかもが、とっつきにくい。しかし、これ以上どこが整っても、心の奥底までは居座ることはないだろう、という絶妙なバランスで成り立っている。新聞部を舞台にした学園コメディに、探偵、宇宙人、幽霊、フェアリー、電脳、機械じかけ、半ズボンの少年への偏愛etc・・・と怪奇で耽美な世界(要は江戸川乱歩稲垣足穂だ)がシームレスに浸食していく。作者の圧倒的なセンスと知識の勝利なのだが、これが滅法おもしろい。とにかくやりたい放題やって、日常と妄想の境界などないのだ、と全てが許されてしまっている作品だ。173㎝のタッパで煙草を吹かしながら、数多のサブカルチャーを愛する星之スミレという主人公の奔放さと想像力は、さながら”天使”(1巻の表紙!!)のように肯定されている。とにもかくにも、退屈を抱えたまま「この世界は本当はもっととてつもなく面白い事に満ちているはず」と半分うわの空のままに大人になってしまったような人間にはもう”聖書”と呼ばずにはいられない代物だろう。あぁ、今作だとか植芝理一ディスコミュニケーション』だとかを胸に抱えて青春時代を過ごしたかった(私の学生時代のサブカル値では、黒田硫黄と冴村広明まで掘り進めるのが限界でした)。これさえ手にしていれば、世界の複雑さや美しさをもっと強く信頼する事ができたのに、なー。



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