青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

『キングオブコント2019』 かが屋のコント美学

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かが屋のコントは美しい。コント内で鳴る扉のベルの音が複層的に響く。「会計を済ませたお客がドアを開けて店を出ていく音を、待ち人の到来と勘違いしてしまう」という複雑な心理描写をベルの音と表情だけで表現してしまうのだ。こういったコントを私は美しいと思ってしまう。暗転の度に「数時間前・・・」という影ナレを入れれば、あのSNS上でのカレンダーと時間軸を巡る不毛な議論も生まれなかっただろう。しかし、コントにおける不要な説明の省力が、かが屋が信じぬく美学だ。しかし、そこにあるのはただの美学だけではないだろう。どぶろっくの下ネタミュージカルによって焼け野原と化したスタジオの空気を一発で掴んだ賀屋のあの表情が、店内に流れる「蛍の光」のリプライズが繰り返されるたびに、どんどん哀愁を帯びていくというシステムは、影ナレがないことでより効果的になる。そういう計算がしっかり貫かれている。


普段は黒と白のシンプルなTシャツでコントを演じるかが屋が、晴れの舞台ではしっかりと衣装を纏っていた。ここにも美学は貫かれている。賀屋演じるプロポーズをする男には記号的にスーツを着せない。いつものデニムに少しだけ背伸びしてカッチリしたジャケットとシャツ。こういったこだわりが、わずか4分のコントの中のドラマに奥行きを生んでいく。加賀が演じる喫茶店で働く男はエプロンの下の長袖シャツを腕まくり。水仕事をこなすカフェ店員のリアリティがここにある。そして、長時間、大きなバラの花束を持ち続ける男の腕はしっかりと痺れる。痺れを散らすために腕をふり、その所作の延長で腕にはめた時計の時間を確かめる。こういった何気ない細部が、小さなドラマの中に世界をしっかり立ち上げている。


かが屋は、“恥らい”や“気まずさ”といった人間のコミュニケーションの中で生じる感情の機微を拾い上げることを得意とするコント師だ。しかし、コントの後味として、底意地の悪さではなく、人間が根源的に持つ“優しさ”のようなものがじんわりと残るのが、かが屋のカラーであり強みだろう。男はバラの花束を抱え入店し、「あとでもう1人来ます」と店員に見栄を切った。店員は「もうちょっとで来るから、がんばりましょう!」と男を何度も励ます。しかし、待ち人は来ない。この両者の、触れて欲しくはない気まずさが笑いを生んでいく。その点もさることながら、「待ち人が来ない」というお客の現象に、店員も共に胸を痛めたり、喜んだりしている。ここが素晴らしいではないか。人は、誰かの出来事を“わたしたち”の事として思考できる生き物なのだ。どんなにコミュニケーションですれ違おうとも、わたしは1人ではない。そんな優しい風を、かが屋のコントは運んでくれる。『キングオブコント2019』決勝進出おめでとうございました*1

*1:かが屋の2人に大きなイチモツを与えてあげてください

TBSラジオ『空気階段の踊り場』

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この番組には強烈な人間賛歌が迸っている。路上のアウトサイダーにインタビューをするという番組の初期を支えた名物コーナー「サラリーマン“じゃない”人の声」*1に、 “歯のない人”が頻繁に登場する。まるで何かが欠けた人の象徴のように。童貞、借金、不倫、離婚、無職・・・といったようなワードが飛び交う少し“普通じゃない”人々の醜態を笑い飛ばすといった趣旨のコーナーなのだが、それが露悪的に映らないのは、空気階段の両名もまたあきらかにピースの欠けた人間だからだろう。ギャンブルや風俗でこしらえた600万円の借金を抱え、新婚で子持ちながら家族と別居生活を続ける鈴木もぐら、高学歴引きこもりという経歴を持ち、仕送り総額1200万のマザコンという水川かたまり。しかし、そんな二人の不毛な罵り合いがどうにも愛おしく響く。「人間は凸凹であるが故に愛おしく、深く結びつき合うのだ」というのを体現しているコンビが空気階段であり、ラジオ『空気階段の踊り場』なのだ。


どんなに歪でブサイクでも、彼らは懸命にダンスを続けている。TBSクラウドにて、初回から聞くことが推奨されるでしょう*2。ネタで勝ち取ったラジオ枠にて、ほぼ無名の状態から、劇場でのランク昇格や人気番組への出演などが逐一報告され、芸人として少しずつランクを上げていく様を追いかけることができる。だけでなく、初回放送では素人童貞であった男が、初の恋人を得てプロポーズ、そして父になる様までもが記録されているのだ。アウトサイダーたちが少しずつこの社会でサヴァイヴしていく様が生々しく刻まれた一級の青春ドキュメンタリーとして楽しむことができる。水川かたまりによる号泣プロポーズや鈴木もぐらと銀杏BOYZの関係を綴った「駆け抜けてもぐら~僕と銀杏の青春時代~」など伝説的な回も多いが、もぐらの家族を巡るエピソードの哀愁、頻繁に登場する岡野陽一とのクズ兄弟の競演、かたまりがもぐらの体臭を罵倒するだけの回、かたまりがもぐらの足を洗ってあげるだけの回など、聞き所は随所にちりばめられていますので、お聞き逃しなく。今後メディアで大きく活躍していくであろう空気階段の存在が、この不寛容な現代に一石を投じることになれば、と願います。

*1:同じTBSラジオ森本毅郎・スタンバイ!』内のコーナー「サラリーマンの声」のパロデイ

*2:かく言う私も其口です

最近のこと(2019/07/01~)


the 1975 - i always wanna die (sometimes) {tradução}
この夏はあまりいいものではなかった。その決算として、巨大台風の通過とともに体調を著しく崩す。出張先のホテルに引き籠もり、熱にうなされながらひたすらに眠り続けていた。季節の変わり目にいつも風邪をひく。身体も季節に添うようにして、生まれ変わろうとしているのだろう。風邪が完治した時の身体の調子の良さというのは格別で、あれを味わえるのであれば、たまには風邪をひくにも悪くないと思える。風邪の気分を盛り上げるべく、ポカリスウェットとイオンウォーターを3本ずつ飲んだ。ヘルトーム・シュミットによるパッケージデザインを崇拝しているので、スポーツドリンクはアクエリアスではなく絶対にポカリスウェットを飲みます。そんな愛するポカリスウェットに苦言は呈したくないのだけど、イオンウォーター安藤さくらのCMがなぜかわからないが苦手だ。イオンウォーターは飲みやすいのだけども、ノスタルジアを刺激するステビアをぜひとも復刻して欲しい。ステビアという語感も好きだ。


猛暑に体力も精神もやられてしまったのか、慢性的に憂鬱な気分に襲われていた。そんなブルーの隙間を縫うように、カレーとサウナをはめ込み、なんとか夏を生き抜いた次第だ。2019年のマイベストカレーは上板橋「八花仙」のスパイシーチキンとポークビンダルの二種盛り、高田馬場「ブラザー」の鯖キーマ。もしくは、490円の奇跡と断言したい「松屋」の創業ビーフカレー。“ごろごろチキンカレーシリーズ”を超えました。定番化を切に願います。『マツコの知らない世界』で登場した「崖っぷちの人間を救うのはドライカレー」「カレーは、明日目覚めなくていいという覚悟で食べる」といった金言は胸に刻んだ。出張先のホテルでついつい観てしまう番組ランキング1位が『マツコの知らない世界』だ。2位は何故か『人間観察バラエティ モニタリング』なのだが、おもしろいと思ったことはない。カメラの存在を意識していないはずの『モニタリング』よりも、カメラに映されていると自覚している『ドキュメント72時間』のほうが、明らかに「人間が映っている」という感じがするのは何故なのだろう。“まなざし”を意識することではじめて、人は人らしく為るのだろうか。ちなみに、2019年の『ドキュメント72時間』のベストは、「東京・阿佐ヶ谷 金魚の池のほとりには」だ。


この夏、印象的だったサウナでのととのい。

成増(東京都)「ヒルトップ」
巣鴨(東京都)「ニュー椿」
川口市(埼玉県)「ひろいサウナ」
須坂市(長野県)「湯っ蔵んど」
中野市(長野県)「ぽんぽこの湯」
松本市(長野県)「林檎の湯屋 おぶ〜」
南都留群(山梨県)「桜庵」
富山市富山県)「スパ・アルプス」
妙高市新潟県)「神の宮温泉 かわら亭」

信越地域の名施設に出会えるのは出張体制の旨味。どの地域も水質が優れた施設が多く、これから気温が下がってくると更に凄いことになるんじゃないかとワクワクしています。長野はまさに「水が合う」と言いますか、居心地が良い。第二の故郷、BUMP OF CHICKEN的に言えば、「涙のふるさと」と化している。60歳くらいで、長野に移住したいくらいです。長野駅周辺に行くとついつい寄ってしまうスポットは「ヤマとカワ珈琲店」「ライスハウスabab」「信州蕎麦の草笛」「平安堂長野店」です。あと、長野・山梨限定というセブンイレブンのホットスナック「ポテサラちくわ天」がめちゃ美味い。


生活の中心にはラジオがある。今、最も愛おしいのは、『空気階段の踊り場』だ。水川かたまりにはいつも笑っていて欲しい。今年のキングオブコントはさすがに決勝進出していることでしょうから、むちゃんこ期待している。すでにして単独のチケットがまったく当たりません。4月からの佐久間宣行と霜降り明星のラジオも、すっかり生活の一部に。『オードリーのオールナイトニッポン』は、むつみ荘からの放送の回が素晴らしくて、強く印象に残っている。「記憶を場所に宿るのだ」というようなエピソードの連打。セックスの振動でサンタ人形がクリームに倒れたケーキを見て、「ファーゴだ」と思ったという若林のエピソードの美しさ。誰も書いていない”シーン”だと思った。オードリーと言えば、日向坂46がセットで思い出されてしまう。『立ち漕ぎ』はもちろん買いました。

日向坂46ファースト写真集 立ち漕ぎ

日向坂46ファースト写真集 立ち漕ぎ

とてもいい写真集だと思います。ラジオと『ひらがな推し』(現『日向坂で逢いましょう』)で繰り返されるキン肉マンネタを全力で楽しむべく、『キン肉マン』をジャンプコミックスで買い直してしまった。死んだバッファローマンの両腕が時空を超えて、テリーマンの胴体に繋がるところとか、中学生の頃に読んだ時とは違う箇所で感動している自分に気づいたので、文章化したいのだがいつになることか。間もなくリリースされる3rdシングル「こんなに好きになっちゃっていいの?」は、欅坂46「二人セゾン」に並ぶ!とまでは言わないが、名曲と呼んで差し支えない。

日向坂46 『こんなに好きになっちゃっていいの?』
楽曲、衣装、振り付け、照明、美術・・・すべての要素が文句なしの名作MVではないでしょうか。世界観もハッタリが効いていて、楽曲のマジカルさを引き立てている。ときに、心ある人間が皆一様に、松田好花への推しを表明している気がする。かくいう私は、加藤史帆・佐々木久美・上村ひなの・松田好花の四項で揺れている。しかし、センターの小坂奈緒さんが、あだち充をこよなく愛するという情報を知ってからというものその存在がむやみやたらに気になって仕方ないのです。一方で、欅坂46からは長濱ねるが卒業。卒業の日に放送された『長濱ねるのオールナイトニッポン』、正直まったくおもしろくなかったけど、全部聞きました。「Isn’t She Lovely?」をバックに流しながらの「さよなら、またね」という別れの挨拶はとても良かったです。

こちらのエントリーをわたしからの鎮魂歌として刻みます。そして、乃木坂46からは桜井玲香が卒業。『真夏の全国ツアー2019 FINAL』を映画館のライブビューイングで見届けました。「自分じゃない感じ」のダンスかっこよかった。桜井玲香さんのおかげで本当に楽しい時間を過ごしてきたので、感謝の念しかありません。大仰なミュージカルとかもいいんですが、いつかあの演技力と声を”小さな物語”で発揮して欲しいと祈っています。

そして、このエントリーが繋いでくれた三者の縁がインタビュー記事に結実しました。「CINRA.NET」でのロロ三浦直之とEMCの対談です。

余裕がれば、もっとやれることがあったはずで悔いも残るんですが、とりあえず形に残すことができてよかったです。このインタビューに備えてのファミレスでの顔合わせの時の会話が縦横無尽ですっごい良かった気がしていて、そちらも録音しておけばよかった。Enjoy Music Clubの新曲「東京で考え中」「HEY HEY HO」、ロロ『はなればなれたち』の公演も素晴らしかったですね。江本祐介の『Live at Roji』も愛聴した。「ワゴンR」は掛値なしの名曲。ここ数年の江本祐介のメロディーメイカーとしての充実を早くまとめ上げて欲しい。



映画館にはあまり行けていない。ここ数か月で印象に残っている映画は『天気の子』『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』『トイ・ストーリー4』で、まだ観られていないけども、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は絶対好きだから早く劇場に駆けつけるべきなのだが、3時間近い尺に膀胱との相談が終わっていない。しかし、『天気の子』よかったな。小栗旬と本田翼も好きになってしまった。数ヶ月間、書いていなかったので長い文章を構成して書くという能力をリハビリしながらなんとか完成させてこのエントリー。

「まだ書けた」と胸をなでおろした次第なので、ぜひお読みください。


金曜ロードショーで放送していた『千と千尋の神隠し』『崖の上のポニョ』が圧倒的過ぎて、2回ずつ観た。それでも飽き足らず製作ドキュメンタリー『ポニョはこうして生まれた。』もDVD5枚分(12時間30分!!)をチビチビと全部観ました。宮崎駿と過ごす夏だった。『学校の怪談2』と『学校の怪談3』をスクリーンで観られたのもうれしい出来事だった。和製『ストレンジャー・シングス』として楽しむのが今の気分らしい。2の前田亜紀、3の米澤史織は私の初恋のようなもの。このシリーズに異様に肩入れしてしまうのは、役者陣がほぼ全員同い年だからかもしれない。


舞台は五反田団『偉大なる生活の冒険』の再演が印象に残っている。前田史郎と内田慈のカップル、良かった。犬飼勝哉『ノーマル』もおもしろかった。胸にトローンと宙吊りになったままだ。浅井浩介という役者の素晴らしさを再確認した。巷で非常に評判の高いIakuという正統派劇団の公演も観に行ったのだが、どうも体に合わなかった。前田司朗的なもの、が演劇を観る際の物差しになってしまっている気がする。


音楽はたくさん聴いた。ライブは鎌倉molnでの図書館のワンラマンライブ、山田敏明のソロデビューアニバーサリーライブなどが心に残っている。サブスクリプションのおかげで話題のリリースものにしっかり耳を傾けることができる。最近は

Men I Trust『Oncle Jazz』
Whitney『Forever Turned Around』
(Sandy)Alex G『House of Sugar』
Hi,how are you?『Shy,how are you?』

の4枚が心の琴線を捉えていて、車でずっと流しています。とりわけ、Men I Trustは「これぞ、私の聞きたいPOPS!」というツボを押さえてくれている。

Men I Trust - Numb
MVも素晴らしい。冒頭の黄色のイメージの応酬、すごい鮮烈。楽曲でグッときたのは、佐藤優介のCD-Rからのリード曲「Kilaak」でしょうか。あと、OMSBの「波の歌」だ。この2曲もMVが素晴らしいので、チェックお願いします。

けもの『めたもるシティ』
けもの『LE KEMONO INTOXIQUE』
松田聖子ユートピア
三浦透子『かくしてわたしは、透明からはじめることにした』

旧譜はこの4枚。けもののすばらしさをいまさらながら確認しました。

けものMV 「おおきな木」
第1期のSPANK HAPPYに並ぶソングライティング。そういえば、FINAL SPANK HAPPYのアルバムも楽しみだ。『天気の子』の劇中歌でも活躍中の三浦透子が2017年にリリースしたカバーアルバムはスピッツサニーデイサービス、フィッシュマンズなど、いかにも選曲の中に、ELTやglobeのカバーが忍び込んでいて、これがいい。とくにglobeの名曲「Precious Memories」のカバーが実に秀逸で、何回も繰り返し聞いている。本家はこれでもかとエモーショナルな歌唱なのだが、三浦透子はクールな歌唱で解釈することで、歌の切なさが際立っている。

オフィスビルすりぬけて
今日も 一日が終わって
クーペタイプの疲れたシートに座って
カーステレオからslow dance
そして切ない love song
時々 ふっと思い出す
Mm precious memories


懐かしくても会えずに
どこにいるかも理解らずに
偶然街ですれ違っても気付かずにお互いの道を目指してる

特別な時間を共有したはずの2人がすれ違っていく。小室哲哉が90年代に書き散らしたこの種の“哀しさ”が原体験として刷り込まれている世代であるから、新海誠の物語にもまんまと琴線を揺さぶられてしまうのだろ。小室哲哉の日本人への影響は、村上春樹のそれよりも根深い気がしている。


2019年のヤクルトスワローズは圧倒的な最下位で、監督とヘッドコーチの辞任で幕を閉じる。そんな中でも、高卒2年目村上宗隆の早すぎる覚醒、期待している廣岡、塩見、中山、濱田、梅野、高橋といったが若手が順調(?)に育ったシーズンであった。一方で、ヤクルトの魂とも言える館山、畠山(と三輪)の引退。大引も退団してしまうらしい。2015年のV戦士たちがどんどんいなくなってしまう。館山と畠山は私の中で本当に特別な選手なのだが、引退試合のチケットを押さえることができなかった。でも、行ったら大泣きしてしまうだろうな。


水は海に向かって流れる(1) (KCデラックス)

水は海に向かって流れる(1) (KCデラックス)

夢中さ、きみに。 (ビームコミックス)

夢中さ、きみに。 (ビームコミックス)

最近の漫画とは言えば、何はなくともこの二作だろう。田島列島の待望の新刊は何回読み返してもおもしろい。作中でも言及されているとおりレヴィ=ストロースの『親族の基本構造』や交換や交感といった“構造”が物語を下支えしていて、なおかつ細部を敷き詰める会話のセンスもずば抜けているという、ほぼパーフェクトな1冊。続きが気になる。和山やまの『夢中さ、きみに。』も素晴らしかった。”まなざし”がドラマを駆動させている。『動物のお医者さん』の頃の佐々木倫子を彷彿とさせるタッチ、さらにあらゆるキャラクターに松田龍平の魂が根付いている感じがする。こちらも言葉のセンスがずば抜けている。


18日までほぼ全巻を無料で開放していた『進撃の巨人』を貴方は読んだか。

進撃の巨人(29) (講談社コミックス)

進撃の巨人(29) (講談社コミックス)

  • 作者:諫山 創
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/08/09
  • メディア: ペーパーバック
リアルタイムでは3巻くらいであまりの暗さに挫折してしまったくちの人間なのですが、このたび休日を捧げ一気読みしました。もう、鼻血が出るほどおもしろかった。近隣諸国との衝突など不穏なこの時代が要請する物語を真摯に、かつ全力でエンターテインメントとして描き切っている。緻密なプロットと物語のドライブ感(展開がまったくモタつかず、ササっと処理されていくのが現代的だと思った)は圧巻の一言です。この10年で、『鋼の錬金術師』級の漫画を読みそびれていたという損失。未読の方、まだ間に合いますよ!というか、これはコミックスで揃えるべきです。


暑くてどこにも行く気がせず、休日は喫茶店で本を読んでいる。ここ最近で読んで(読み直した)、印象に残っている本。

若い読者のための世界史

若い読者のための世界史

花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 前篇 (河出文庫)

花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 前篇 (河出文庫)

鳥類学フィールド・ノート

鳥類学フィールド・ノート

  • 作者:小笠原 鳥類
  • 出版社/メーカー: 七月堂
  • 発売日: 2018/07/01
  • メディア: 単行本
二週間の休暇〈新装版〉

二週間の休暇〈新装版〉

夏物語

夏物語

太宰治の辞書 (創元推理文庫)

太宰治の辞書 (創元推理文庫)

女生徒 (角川文庫)

女生徒 (角川文庫)

八月のフルート奏者 (新鋭短歌シリーズ4)

八月のフルート奏者 (新鋭短歌シリーズ4)

  • 作者:笹井 宏之
  • 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
  • 発売日: 2013/08/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

  • 作者:ジュノ ディアス
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/02/01
  • メディア: ハードカバー
みゆき(1)

みゆき(1)

じんべえ (1) (Big comics special)

じんべえ (1) (Big comics special)

ゴンブリッチの『若い読者のための世界史』がおもしろくて、勉強になったので、ばかみたいに分厚くて重い『美術の物語』も思い切って購入した。『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和』が20周年らしく、「ベストオブギャグ総選挙」が開催されていた。読み直してみて、「第78幕 明男~この胸の中にまだ生きている~」と「第115幕 新撰組ー池田谷事件ー」に投票しました。


オーガ(ニ)ズム

オーガ(ニ)ズム

阿部和重の新刊『オーガ(ニ)ズム』が9月26日に発売される。小説の発売日を待ち望むなんていうのは、本当にひさしぶりの感覚だ。なんせ、「神町サーガ」がついに完結するとうのだから。この間、カフェでミワちゃんとネットに掲載されていた『オーガ(ニ)ズム』のあらすじを確認して、ゲラゲラ笑い合ってしまった主人公は阿部和重で、彼が世界を破滅させる陰謀を阻止する話らしい。そして、神町に首都機能が移転され、アメリカ大統領のオバマが来日するという導入。絶対に最高傑作じゃん。『シンセミア』『グランドフィナーレ』『ピストルズ』も読み終え、体制を整えております。


その他に、この夏で書き残しておきたいことと言えば、世田谷文学館で開催中の『原田治 回顧展』が良かったこと。「一保堂」のいり番茶をリピートしていること。パピコの「大人の濃厚ジェラード ピスタチオ」が傑作だったこと。上越名物である「小竹」のサンドパン」のすばらしさ。伊藤園の「生オレンジティー」のブームが1週間だけ巻き起こったこと(私の中で)。「午後の紅茶」のCMで深田恭子が運転しているランドローバーディフェンダーがかっこいいということ。カレーと紅茶は本当に”合う”ということ。『いろはに千鳥』『相席食堂』『テレビ千鳥』がおもしろいこと。トム・ブラウンのグラブルのCM(ピアノマン布川)。『クロノ・トリガー』と『クロノ・クロス』のサントラがSpotifyで解禁。『まだ結婚できない男』が楽しみ。街裏ぴんくの漫談「ヒップホップジョナサン」(10回観た)です。

みそさざい『しあわせジョン』


2019年6月から@misosazainfoというアカウントでTwitter上で掲載されている『しあわせジョン』という漫画にすっかり魅了されている。こんなにかわいくていいのか、というほどにジョンがかわいい。心の栄養ドリンクです。心が弱っている時に読める漫画というのは貴重で、みつはしちかこ『はーいアッコです』やけらえいこあたしンち』を読むような幸福感がここにはある。
あたしンち 1

あたしンち 1

つまり、どこかの新聞の日曜版などに掲載される国民的クオリティーを既に獲得しているということだ。線や構図も美しく、作者の”ミソサザイ”という方は何者なのだろうと調べてみるも、大阪で活動るイラストレーター/デザイナーであるという情報しか出てこない。


犬を飼い始めた吾郎という青年のお話なのだが、犬は当たり前のように二足で歩き、言葉を喋る。そのことに驚く者は誰もいない。この”異”をすんなりと受けるいれる優しい世界観は、藤子不二雄イズムの後継者とも言えるかもしれない。この『しあわせジョン』は、『ドラえもん』や『オバケのQ太郎』をはじめとする”居候モノ”の現代版である。そう言えば、吾郎ちゃんは大人になったのび太のようだ。


ジョンたちの暮らしぶり、住むアパート、喫茶店、公園といった町並みのヴィジュアルはどこかノスタルジックだが、これは現代のお話なのだ。タピオカや生食パンなども登場する。そして、何と言っても、現代人を象徴するキャラクター”ふしあわせトム”の存在。社畜のネコである。社会に疲弊しながら、ブツクサと文句を吐き、ひたすらに孤独を抱え込むトム。


この「休日」という作品のブルースには思わず声が漏れた。お前は私だ、と多くの人がトムに肩入れをするのではないだろうか。この時代において、「しあわせって何?」と聞かれても、もはや共通の大きな答えはない。考えている内に虚無に飲み込まれてしまうだろう。であるならば、夕食が唐揚げだったこと、休みの日にパンを買って帰ること、友達にスイカをもらったこと、雲の形がクジラみたいだっこと、焦げたハンバーグが美味しかったこと・・・そういった小さな出来事を、”しあわせ”なのだと胸を張って言うことで、幸福をこちら側に引き寄せてしまおうではないか。そんな強い志を、このほのぼの居候ギャグ漫画から感じるのです。

新海誠『天気の子』

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降り続ける雨を、流れる“涙”の比喩としよう。この街では、誰かがいつも泣いているからだ。映画のキーヴィジュアルに選ばれたのは代々木会館だった。『傷だらけの天使』(1974)でお馴染みの通称“エンジェルビル“*1。つまり、これは現代社会から爪弾きにされた天使たち(≒若者たち)の、その涙の物語なのだ。この映画で多発されるイリーガルな行為の数々は、あらゆることが許されていた『傷だらけの天使』などの犯罪青春ドラマへの憧れなのだろう。「美しさと倫理は両立しない」というのが、『君の名は。』(2016)から続く新海誠が創作において取り組む、隠れたテーマであるように思う。『君の名は。』は、一つの街を消し去り、多くの命を奪った隕石が落下していく様子を、「美しい眺めだった」と思ってしまう少年の話だった。この『天気の子』においても、警官への暴力をカタルシスとして配置し、水に沈む都市をフェティッシュに描いてしまう。たとえそこに、“死”や“犯罪”が含まれていようとも、美しいものは美しい。美しさと倫理は両立しないのだ、という新海誠の態度は、『傷だらけの天使』における萩原健一や水谷豊の美しい在りようによって、いとも簡単に保証されてしまう。


話が逸れてしまった。そう、『天気の子』は、天使たちの物語なのである。巫女、祈祷師といった日本の民俗学をモチーフとしている印象の強い新海誠。しかし、今作においては陽菜や穂高を、明らかに西洋的な天使のイメージで描いている。映画冒頭、陽菜は病室の窓から、雨雲の切れ間から光がのぞく光景を目にする。これは薄明光線と呼ばれる気象現象で、旧約聖書では“天使の梯子”と記述されている。この“天使の梯子”は、陽菜と穂高が3年ぶりの再会を果たすラストシーンにおいても映し出されており、映画の始まりと終わりに登場している。このことから、これは「天使たちが天と地上を上り下りする物語なのだ」と言ってしまっていいだろう。穂高が陽菜にプレゼントする指輪のデザインが、“天使の羽根”を模している点も、このイメージを補完していく。穂高の家出の理由は劇中で明確にはされないが、「この場所を出たい!あの光の中に入りたい!」と願った、その天使性だけで、映画における動機の説明は十分になされているように思う。


弱く儚い天使たちは、この現代においてアウトローへの道を余儀なくされる。陽菜は、性産業への道を余儀なくされ、穂高は拳銃を空に撃ち放つ。画面に映し出される求人バニラ(性風俗店を専門とする求人情報サイト)の宣伝カーのメロディが虚しく響く。穂高の勇気と決断によって、性産業への奉仕というルートは回避されるも、陽菜が存在証明の活路として見出すのは、自らを犠牲にして、世界を救うことであった。かつて宇多田ヒカルが歌った

誰かの願いが叶うころ あの娘は泣いてるよ

というフレーズが今、より切実に響く。


天使の頭上には光の“輪”が浮かんでいる。このことが導いたのか、作品内はあらゆる“輪”のイメージで満たされている。指輪、腕輪、チョーカー、傘、てるてる坊主、花火、観覧車、花輪、手錠、パーカーのフード・・・新宿や池袋といった東京を代表する都市を舞台にしながら、陽菜が暮らす駅が田端駅といういささかマイナーな駅に指定されているのは、「これは山手線の映画ですよ」という宣言であり、その線路の示す跡にはやはり“輪”がある。輪が描く“循環”の運動のイメージをなぞるようにして、異常をきたしていた天気は、一度は回復されるも、再び狂っていく。

知ってるかい?東京のあの辺はさ、もともとは海だったんだよ。
ほんの少し前、100年くらい前まではね。
だからさ、結局元に戻っただけだわ、なんて思ったりもするね。

瀧の祖母が言うように、東京の都市がかつての海の姿へと回帰していく。瀧や三葉といった『君の名は。』のキャラクターの召喚も、“円環”のイメージへ奉仕していると言えるだろう。『天気の子』の世界に、『君の名は。』の登場人物が息づいているということ。それは、「キミとボク」とも揶揄される小さな世界が、同時並行して存在いることを提示している。いくつもの「キミとボク」が繋がって、輪になって、世界は作られている。さらには、陽菜が晴れを祈るという“夢”を、凪や萌花が見る。いや、Twitter上でハッシュタグを使って多くの人々が同じ夢を見たことをつぶやき合っているカットが挿入されていることからもわかるように、不特定多数の人々が同じ夢を見るのだ。“私たち”は同じ夢を見て、繋がり、円を描く。



映画のラストで放たれる、「僕たちは、大丈夫だ」という台詞に、「全然、大丈夫じゃないじゃん!」と憤る人が少なからずいるらしい。新海誠は無責任だ、という論調まであるという。“大丈夫”というのは、これまでの新海誠フィルモグラフィーの中で繰り返し用いられる台詞だ。

メールが届くまで段々時間がかかるようになるけど、一番はじっこのオールトの雲からだって半年くらいのもんだからね。20世紀のエアメイルみたいなものだよ。うん、だいじょーぶ。


ほしのこえ』(2002)

貴樹くんは、この先も大丈夫だと思う。ぜったい!


秒速5センチメートル』(2007)

彼の創作の源は、「大丈夫」という言霊を全人類に打ち込むことにあるのではないだろうか。まるで、ケンドリック・ラマ―*2

俺たちは傷ついて ダウンしていたときもある
なあ プライドなんてなかったんだ
どこに行こう? なんて気持ちで世界を眺めてたんだ
なあ 俺たちはポリなんて大嫌いだ
ストリートで俺たちを殺そうとしてる
なあ 俺は神父の扉の前にいる
ひざが弱って 銃をぶっ放しちまうかも
でも 俺たちは大丈夫だ


Kendrick Lamar「Alright」

僕たちは、大丈夫だ。もちろん、この世界の現状はまったく大丈夫ではない。それでも、「大丈夫でありますように」という“祈り”を込めて、つぶやくのだ。ラブホテルのベッドで歌われるAKB 48の大ヒットソングの歌詞、

未来はそんなに悪くないよ


AKB 48「恋するフォーチュンクッキー

もまた祈りなのである。無責任で無根拠な“大丈夫”は、言葉として放たれることで、必ず意味を持つ。「みんなが大丈夫でありますよう」という新海誠の祈りが物語となり、すべての人に愛を降り注いだのが、この『天気の子』なのである。



穂高の世界を壊してでも、陽菜を愛したいという態度に共感できないという声もわかる。たしかに、穂高は陽菜を愛し過ぎている。あまりに無知で、間違いだらけかもしれない。しかし、その愛は必ず、世界を修復していくと信じたい。誰かを愛し過ぎるということは、この世界そのものを愛すことだからだ。ドイツの哲学者であるエーリッヒ・フロムは、愛をこう定義した。

一人の人を本当に愛するとは、すべての人を愛することであり、世界を愛し、生命を愛することである。
誰かに「あなたを愛している」と言うことができるなら、「あなたを通して、すべての人を、世界を、私自身を愛している」と言えるはずだ。


エーリッヒ・フロム『愛するということ』より

穂高と陽菜の強い愛は、同じ夢を見た“私たち”が大丈夫であるように、という祈りとなり、少しずつ世界を修復していく。雨が降り続ける街にも、桜は咲く。悲しみの雨が、涙が、再会の“喜びの涙”へと書き換えられるラストシーンを、たまらなく美しいと、私は思った。
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*1:製作途中であろう2019年3月に萩原健一が亡くなったこと、そして公開後の2019年8月にエンジェルビルの解体作業が始まるという共鳴に驚かされてしまう。そして余談にも程があるが、『傷だらけの天使』の24話に可憐にゲスト出演する坂口良子の娘、坂口杏里もまた”傷だらけの天使”である

*2:警官、そして拳銃