青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

坂元裕二『カルテット』3話

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親子でしょ?

という岩瀬純(前田旺志郎)の屈託のない問いかけが、世吹すずめ(満島ひかり)に纏わりつく”呪い”をギュっと締めつける。20年以上音信を絶っていた父の危篤。家族の死に目には駆けつけるのがホームドラマの定石、いや、この世界の”常識”のようなものだ。想いを寄せる別府司(松田龍平)との会話がフラッシュバックしたことだろう。

家族のお祝い事なんで帰ります

“世界の別府ファミリー”から除外され苦しんでいるで別府すら、家族というフレーズの前にはひれ伏さざるえない。しかし、すずめにとって父はどうしても許すことのできない存在だ。最期の最期で全部をなかったことにして、”いい人”になろうとしている父が許せない。

怒られるかな…ダメかな
家族だから行かなきゃダメかな
行かなきゃ…

その零れる小さな叫びを聞き、それまで「病院に行こう」の一点張りであった巻真紀(松たか子)が、ギュっと手を握り、「逃げよう」と語りかける。紛れもない今話のハイライトシーン。

すずめちゃん、軽井沢帰ろう
病院行かなくていいよ
カツ丼食べたら軽井沢帰ろう
いいよいいよ
みんなのとこに帰ろう


わたしたち同じシャンプー使ってるじゃないですか
家族じゃないけど
あそこはすずめちゃんの居場所だと思うんです
髪の毛から同じ匂いして
同じお皿使って
おんなじコップ使って
パンツだってなんだって
シャツだってまとめて一緒に洗濯物に放り込んでるじゃないですか
そういうのでも いいじゃないですか

松たか子の「いいよいいよ」は、テレビドラマ史において忘れ難い”音”となるだろう。この国のホームドラマが新しく更新された瞬間だ、とすら思う。このシーンにおける松たか子満島ひかりの円熟の演技は、心の奥底にこびりついて離れない。勿論、偉大なる前クール『逃げるは恥だが役に立つ』の存在も忘れてはなるまい。

巻の「いいよいいよ」は

そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまいなさい

と言い放ったの石田ゆり子を彷彿させる。思わず「家族を超えていけ」というフレーズが降ってくるではないか。“家族”という枠組みから外れ、傷ついた人々の集まりであるカルテットは、冬の軽井沢で身を寄せ合うようにして暮らす。食卓を囲み、皿とコップを共有し、同じシャンプーを使い、同じ洗剤で洗った服を着る。4人は孤独と秘密でもって同じ匂いを纏った共同体となる。「すずめちゃんもう上で寝たら?」「眠くないです」、「おかえりなさい」「ただいま」、こうしたやりとりが自然に発生する彼らは既に”家族”である、いや血の繫がりがないことを思えば、それは家族を超えた何かだ。この共同体のイメージは、1話で序曲が鳴らされた『ドラゴンクエスト』におけるパーティーとも結びつくであろうし、そのゲームソフトが”呪い”というテーマと親和性が高いことに気づくだろう。更に、餅つき大会の話題から飛び出した「岡山県で吉備団子作ってます」というすずめの嘘も、やはり共同体のイメージに結びつく。桃太郎、猿、犬、きじという何ら関わりのないはずの4人(匹)は”吉備団子”という実にささやかな食べ物でもって、強い繫がりを持ち、鬼(呪い)を退治するのだ。ここでは”同じ物を食べる”というのが重要であり、それは今作においても意図的に繰り返し演出されている。別荘で囲む食卓は勿論、ふらりと入った蕎麦屋においても、「カツ丼」というすずめの注文に一瞬、躊躇を見せるも巻はそれに同調する。ちなみに、”呪い”というテーマは椎名林檎のペンによる主題歌でもハッキリと歌われている。

手放してみたい この両手塞いだ知識 
どんなに軽いと感じるだろうか
言葉の鎧も呪いも一切合切 
脱いで剥いでもう一度僕らが出会えたら

やはり、このドラマは常識という鎖を外した人々が、新たな共同体を作り出す物語なのではないだろうか。



演出が金子文紀(『木更津キャッツアイ』『タイガー&ドラゴン』『逃げるは恥だが役に立つ』)にタッチした今話においても”色”の演出は健在だ。”赤”を中心に身につけるすずめに対して、”緑”が外部として襲いかかる。病院へ向かうバスのカラーリングも”緑”、つばめがかつて働いていた不動産屋の看板も”緑”、蕎麦屋の内装も”緑”である。しかし、そんな外部の象徴であったはずの”緑”のノーカラーダウンを纏った巻が、ベットボトル1本分どころではない距離をサッと横断し、すずめと気持ちを交感していく。すずめの着る“赤”のニットと巻が着る”緑”のダウンの、その重なりが、1月にも関わらず“クリスマス”を呼び込み、軽井沢の別荘にイルミネーションを灯す。それは暗闇の中の旅路に進路を示す灯台の灯りのようだ。まとわりつく呪いを剥ぎ取るかのように、演奏前に”靴下を脱ぐ”というルーティンを行っているすずめ。今話において、彼女は靴下のみならず、手袋をはぎ取り、転倒した*1別府の手を取り、キスをする。彼女の”呪い”は解けたのかもしれない。また、余談ではあるが、“血と家族”というテーマが奏でられる今話において、前田旺志郎中村優子という是枝裕和*2の映画の記憶を纏った俳優がゲスト出演するというのは、なるほどズバリである。



もう1つ、今話において語らなければならないのは、魔法少女すずめちゃんである。目隠しをしたままトランプのカードを当てる透視能力。見えないはずのものが見える力。それらは全てインチキで、彼女は嘘つき魔女として迫害され続けた。しかし、彼女自身の「見えないはずのものを見る」能力は作中において決して否定されていない。家森(高橋一生)が突然歌い出すTHE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」の一節の替え歌。あれの元の歌詞はこう。

写真には写らない
美しさがあるから

見えないはずのものが”ある”、というのは実に美しいことなのだ。

ここWi-Fi飛んでんな

というメイプル超合金カズレーザーのあの一言が、かくも我々の心を掴んだのは、そういうことである。キスの後、

Wi-Fi繋がりました

と、見えないはずのものを可視化したすずめ。更に、納骨堂のロッカーの前で、まるで亡き母がそこにいるかのように骨壺に手を振るつばめを想い出そう。そして、極めつけは、すずめにチェロを教えてくれたというおじいさんの挿話。その話題は、軽井沢へと向かう車内で語られたわけだが、スクリーンプロセス撮影の移動車内は、どこかあの黒沢清の怪作『クリーピー』(2016)

を彷彿とさせ、高速道路を走っているはずなのに歪で、”どこでもない場所”のようである。そんな場所にふさわしい話題というのがある。白い髭が生えたおじいさん、が幽霊だったとしたらどうだろう。岩瀬寛子(中村優子)の口からも確かに「おじいさんのチェロ」という言葉は語られているが、「すずめがそのおじいさんからチェロを教わっていた」とは言及されていない。彼女はずっと部屋に籠もってチェロを弾いていた、はず。そのおじいさんは「見えないはずのもの」だったのではないだろうか。そうすると、真冬に流れる稲川淳二の怪談にも意味が込められているということだ。そして、すずめが不動産会社を退社する際に、唯一持ち帰ったコップに「チェロを抱えた白い髭が生えたおじいさん」がプリントされていたことも忘れ難い。彼女は確かに、”見えないものが見える”魔法少女であったのだ。



ここが最高点なんじゃ、と訝しがった素晴らしき2話を軽々と越えてくる3話。ランジェリー貸して、ボーダーいつ着るか問題、ウルトラソウルパンツ、あだ名が淀君、ハローグッバイな子ね、上唇と下唇を離して天気予報(松たか子のドヤ顔、最高!!!)、猫になる満島ひかり(最初からずっと猫だけど)、と小ネタも充実。高橋源一郎安藤サクラ(声)の出演もうれしい。ちなみに満島ひかり安藤サクラは『愛のむきだし』コンビでもありますが、そもそも事務所が一緒で、坂元裕二は2人にラジオドラマを書き下ろしてもいる。さてさて、今回の坂元裕二の好調は本物だぞ!最高傑作の誕生を期待しております。

*1:彼らはこのドラマで何度”転ぶ”のだろう

*2:坂元裕二是枝裕和は親交が篤い

坂元裕二『水本さん』

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現在、TBSドラマ『カルテット』が絶賛放映中の脚本家、坂元裕二が2016年度より東京藝術大学大学院において映像研究科の映画専攻・脚本領域で教授として教鞭を振るっているのをご存じでしょうか。2005年に設置されて以来、北野武黒沢清筒井ともみなど錚々たるメンバーが指導にあたってきた学び舎で、坂元裕二は一体どのような講義を繰り広げているのだろう、と想像が止みません。そんなさ中、ありがたいことに、その一端に触れることができる映像作品『雑談会議』が公開されました。

『雑談会議』とは
脚本家・坂元裕二率いる東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻脚本領域の学生たちによる、早撮り3時間の短編会話劇です。全ての作品は坂元裕二プロデュースのもと


○撮影3時間
○人物2人
○ワンシチュエーション
○ロケ地は全て東京藝大馬車道校舎の敷地内


という限られたルールの中で制作されました。
他愛のない会話の中で繰り広げられる、みぞみぞする人間模様をご覧下さい!!

全作品が坂元裕二プロデュースとの事ですが、中でも清水俊平が監督を務めた『水本さん』という作品では、坂元先生自ら脚本を担当しております。これがまさに坂元脚本の教科書、という感じでおもしろいのだ。
youtu.be
他に人がいない夜のオフィスで机を挟んで会話をしている2人の女性。どこにでもあるOLの残業中の風景。いやしかし、どこかおかしい。2人の会話とテンションがどうにも噛み合っていない。すると、こうだ。

水本:われわれ同期だったじゃないですか
日野:でも、水本さん死んだじゃないですか
水本:そこですか
日野:まず、そこだと思いますけど

あっさりと水本さんが幽霊であることが明かされる。坂元裕二と幽霊、この”まさに”としか思えぬ題材が惜しみなく披露される。何やらテンションの高い幽霊の水本さん。見えないはずのものが見えているというのに、驚く素振りどころか、作業(コップに名前を書く)を止める様子さえ見せない生きている日野さん。絶対的にわかりあえなそうな2人。会話はひたすらに横滑りし、脱臼していく。そうした”ズレ”でもって会話をグルーヴさせ、それを語る人間が持つ輪郭と”面白み”を鮮明にさせドラマを展開していく。これぞ坂元脚本の流儀である。


水本さんと日野さん。互いに敬語であるし、よそよそしく、どうも距離があるようだけども、生きている時は職場で毎日ランチを一緒にとり、愚痴や駄弁りを言い合う仲であったらしい。

水本:前に話したじゃないですか?人って死んだらどうなるのかなって
どっちか先に死んだら現れて死んだ後の世界がどんなか教えることに
しましょうよって
日野:まさかそんなの可能だと思ってなかったから

約束を守り、更には「生きている人の死んだ人間に対する偏見」を失くしたい、とまくしたてる水本さん。実に律儀な幽霊である。“こっち”も”あっち”も全然変わらないのだ、という事を証明したくて、「1回来てみなよ?」とカジュアルに死に誘うのがおかしい。

水本:来たい人いれば誘って大丈夫だよって
日野:誰がですか?
水本:幹事が・・・友だち呼びなよって

水本:二泊でいいから!

ジョークのような会話であるが、「あぁたしかに水本さんは”あの世”で生きているのだな」という実感を観る者に与えてくれる。嘘の中に本当が生まれる瞬間、それこそが人の心を撃つ。

日野:そっちって死んだ人みんないるんですか?
水本:みんないますよ

という会話から始まる、「あの世で見かけたこんな有名人、だーれだ?」という大喜利に「船が凄い揺れた、と漏らす遣唐使」「余命三カ月の花嫁」と答えることのできる坂元裕二のユーモアの筋力。「こんなあの世なら行ってみたい、どんなあの世?」という大喜利にも「携帯の番号変えずに行ける」だとか、

水本:唐揚げ・・・手で食べても手に油つかないです
日野:えっ?
水本:ポトテチップスとか食べてもそのままこう・・・
   DVDの取り出しとかできます、向こうは

だとか、絶好調である(しかし、唐揚げ好きだな)。前述しように、話が進むにつれ、日野さんよりも、幽霊である水本さんこそが確かに存在している人間のように生き生きと躍動する。ここで、生と死の境界が揺らぐ。そして、ラストに訪れる反転。7分間のホラーとして文句なしの、見事な構成力である。「見えないはずのものが見える」というモチーフは、実は『カルテット』3話にも引き継がれていて・・・・・それは次のエントリーに譲ろう。



ちなみに、てっきり役者も学生なのかと思ったのですが、2人ともれっきとしたプロである。どうりでルックスが洗練されているし、カメラに撮られることに慣れています、という身のこなし。三浦透子ユマニテ*1所属で、かつては"なっちゃん"(田中麗奈星井七瀬にはさまれた二代目)としても活躍していた。高嶋芙佳はオスカー所属のモデルで、OLの役を演じているが、まだ17歳とのこと。

*1:満島ひかり安藤サクラが所属している

最近のこと(2017/01/23~)

三寒四温の意味を身体に教え込まれているような気候ですね。たまに夜が春の匂いでドキドキします。「春の夜の匂いだ」と我々に思わせるあの感じは何に起因するのだろう。こういう匂いが春の夜の匂い、とはどうにも定義しがたいあの感じ。



月曜日。仕事を終えて、スーパーで買い物して少し歩いて帰る。かじかむほどに寒い。歩きながら、小泉今日子のベストアルバムをずっと聞いていた。

KYON3

KYON3

サウナで「優しい雨」を聞いて以来、私の中でリバイバルヒットだ。キョンキョンの歌声は切なくていいなー。帰宅して、月9『突然ですが、明日結婚します』1話を観た。西内まりや×山村隆太、という言っちゃ悪いが、月9とは思えないキャスティングなのだけども、演出が並木道子(『最高の離婚』『いつかこの恋を思い出して泣いてしまう』など)なのである。水族館、プール、雨、氷水と”水”を軸にした演出は気が効いているし、古舘寛治岸井ゆきの森田甘路(『モテキ』のデブ幸世)など脇の演者も揃っているのだけども、脚本があまりにもどうでもいい。どうにも決まらなくて、『逃げ恥』っぽいからこれでいこう、と見つけてきた原作という感じだ。後、西内まりやがあまりに癇癪持ちなのと、flumpool山村隆太の目がずっと充血している所が嫌ですね。まぁ、でも王道の月9感があって、これはこれでいいのか。お風呂に入ってから、『欅って書けない?』と『KEYABINGO』を観る。最近、渡辺梨加さんと渡邊理佐さんの事が狂おしいほど好きで困ってます。あと、菅井様、好きだ(キャプテン就任おめでとうございます)。精神がボロボロなのがあまりに表に出過ぎている平手ちゃんが辛い。次のシングルでセンターを外れるって噂は本当なのだろうか。『KEYABINGO』はゲストに千鳥。サンドウィッチマンと千鳥の絡み、ありがたい。この時の平手ちゃんはまだ元気そうだ(去年の収録だからか)。乃木坂46橋本奈々未さんが辞めてしまうのと、ライブチケットが当たらないのと、グループとして過度期にあるのとで、ちょっとトーンダウンしている。日々に桜井玲香さんが足りていない。しかし、週末に放たれるという文春砲がこえー。勝田文の短編集『小僧の寿し』を読んだ。
小僧の寿し (マーガレットコミックス)

小僧の寿し (マーガレットコミックス)

表紙良すぎ。勝田文の絵が好きだ。この絵でカバーされたディケンズの『クリスマス・キャロル』なんてホロリとさせられてしまいます。他の短編も全て鮮やかだ。



火曜日。『カルテット』2話、むちゃおもしろい。こんなにおもしろくて今後平気なのかというほどでした。主役4人全員が凄いのがスゴい。満島ひかりが際立たない、というのがどれほど尊いことか。2話は松たか子のおふざけ具合が最高にキュートだった。もうすっごく、軽井沢とカラオケに行きたい。山盛りポテトフライとサッポロ一番、食べたい。瑛太さんがきちんとリアルタイムで観ているのにも胸がトクンとしますね。坂元先生には次はぜひとも、瑛太主演のドラマを書いて欲しいものです。松田龍平と菊池亜希子の「こういうのは今日だけ」のやつ、ズルいけど、大人で、むちゃよかった。菊池亜希子さん、今まで観た中で1番素晴らしいと思いました。彼女が結婚する相手役が、中島歩。菊池亜紀子と中島歩は『グッド・ストライプス』(2015)でも結婚しているカップルではないか。あれも結構おもしろい映画なのです。沖田修一×前田司朗の『豆大福物語』にも一緒に出ていてる。事務所が同じテンカラットなのでバ―ターなのだろうけども、中島歩もまたいい役者だ。長身イケメンなのに、五反田団の芝居にもカチっとはまるナイーブさがある。テンカラットは何故なのかは不明なのだけども、前田司朗や沖田修一と親交の篤い事務所だ。昨年より元・乃木坂46深川麻衣さんも所属しているので、いつか前田司朗の緩いドラマなどに主演して欲しいものです。『スキップ』の舞台に主演するらしいのだけども、北村薫の原作の柔らかい雰囲気にとても合ってる。我らが世之介こと高良健吾テンカラット。ポインコとのけん玉CMのかわいさで今をときめく中条あやみさんもテンカラットテンカラットはマネジメントがとても上手な事務所だ。



水曜日。寝坊しかける。夢の中でしか乗らない地下鉄がある。駅のホームは平面的なのに迷路のように複雑で、いつもどう乗れば目的地に辿り着くのかわからない。何度もここに来ている、と確かに感じているのだけども、その感覚は、何度も同じ夢を観ているからそう思うのか、夢の中のわたしの日常の一部であるからなのか、定かではない。頭が冴えないので、絶対サウナに行くぞ、と決めつつも、外があまりに寒くて断念。むしょうに「タイムズスパ レスタ」に行きたいな。スーパーに立ち寄ったら、菜の花のからし和えが安くなっていて、うれしかったので買った。菜の花ってなんか好きだ。『住住』をHuluで2話まで観る。
hiko1985.hatenablog.com
面白い。「こういう時になんでお前パン食っちゃうの?」みたいな、初期のバナナマンっぽいやりとりがたくさんある。二階堂ふみ星野源と同じマンションに住んでいるという噂があるので、もしかしたら本当にああいう暮らしをしているのかもしれない。そうだとしたら、なんてうらやましいYELLOW DANCER。EMCが「温泉でも行こうなんて・・・」とH Jungle With Tをサンプリングしていた。最高。『有田ジェネレーション』の小峠さん、飽きずにずっとおもしろい。年始一発目の『水曜日のダウンタウン』もおもしろかった。



木曜日。『カルテット』2話の感想が書き終わったのでスッキリ。週に1回のペースで、これを書いていくのは肩を壊す気がする。ありもしない締め切りと闘っているような気持ちになります。本屋で復刊ドットコム高野文子選『千明初美作品集』と売野機子『クリスマスプレゼントなんていらない』を購入。

千明初美(ちぎらはつみ)作品集『ちひろのお城』

千明初美(ちぎらはつみ)作品集『ちひろのお城』

売野機子のハートビート』は在庫ありになっているのだけども、いくら探しても見つからなかった。帰宅して、ご飯を食べて、矢野顕子の『SONGS』観た。「ごはんができたよ」「ひとつだけ」「ほうろう」という凄い3曲をティンパンと演奏していた。千鳥ノブの「癖がすごい」はあっこちゃんの歌い方を耳にして生まれたフレーズ、という都市伝説。『ゲーム・オブ・スローンズ』の続きが観たくて仕方ないのだけども、土日しか観ないというルールを自らに課しているので、ウズウズします。今クールは観たいドラマがたくさんだ!と思っていたけども、結局そうでもなかったので、NetflixやHuluで海外ドラマ観ようと思います。

 

金曜日。江本祐介の大名曲「ライトブルー」のMVが公開。
youtu.be
監督は松本壮史、美術はひらのりょう、演技指導は三浦直之、振付は島田桃子、とロロ×EMCである。いやーすごい、素晴らしい。松本さんは天才です。日に日に行列が伸びているという大久保の「SPICY CURRY魯珈」でお弁当を買って家で食べた。美味い。北沢夏音さんがYogee New Wavesの「Hello Ethiopia」を絶賛していたので、すぐにも影響受けやすい私は、早速アルバムとEPを聞いてみた。

PARAISO

PARAISO

以前から抱いている楽曲のクオリティに落差があるという印象は変わらないのだけども、MVが作られている曲は全部名曲だ。「Like Sixteen Candles」は一度聞くとしばらく頭から離れない。
youtu.be
サニーデイ・サービスとYogee New Waves、観たかったな。Never Young Beachがメジャーデビューとのことで、めでたい。『水曜どうでしょう』の「門別沖釣りバカ対決」と「北極圏突入 〜アラスカ半島620マイル〜」が楽しすぎて、泣けた。あれこそが理想の青春だ。『ドキュメント72時間』が傑作回で、これまた涙。涙腺の緩い金曜日。



土曜日。起きて、洗濯機を回す。福井名物であるらしい「カレー味噌」の瓶を頂いたので、朝ごはんにカレー味噌チーズトーストを作って食べた。なんというハイブリット。更に、具としてゆで卵を潰してマヨネーズで和えたもの乗せるのです。むちゃうま。傑作ドキュメンタリー『人生フルーツ』の東海テレビ放送版がフジテレビで流れていた。
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やはり素晴らしい。この作品は風の音もいいので、ぜひ映画館で観て頂きたい。自転車で戸田球場へ。ヤクルトの選手が自主トレしている様子を見学。ランニングとか体幹トレーニングしているだけなのですが。現場のベテランファンの方達の教えもあり、荒木選手のサインをもらえました。昼過ぎに戸田の「七福の湯」へ。初めて来ましたが、リーズナブルなのに広くて清潔(サウナマットの交換の頻度)で気に入りました。サウナ自体はやや弱く、ロウリュウもショボ目。しかし、水風呂は16℃ですし、外気浴スペースが豊富なのが良い。天然温泉も濃度が自慢という事で大変気持ちよい。炭酸泉も良かった。サウナに入らなくても、風呂と水風呂の交互浴でトベる仕様だ。スーパーで刺身とパンとピーナッツバターとモナ王(珈琲アイス)を購入して帰宅。モナ王をほど初めて食べたんですが、安いわりに美味しかった。シナっとしているのが嫌ではなかった。パリパリのチョコモナカジャンボとはまた違うタイプのモナカアイスなんですね。『文春LIVE』で報じられるという乃木坂のスキャンダルにハラハラ。そうか、ろってぃーか。こんな事言うと、怒られるかもしれないが、正直「ひめたんじゃなくてよかった」というのが本音だ。夜は渋谷毅のソロピアノのアルバムを聞く。

Solo~Famous Composers

Solo~Famous Composers

今度、久しぶりに西荻に演奏を聞きに行こうと思う。



日曜日。寝坊したので一日ダラダラしていた。『ゲーム・オブ・スローンズ』を観倒した。小鬼はマイヒーローである。夕方、私のサウナデビューの地である近所の銭湯に久しぶりに訪問。テレビなし、BGMなし、12分計なし、定員4名の小型サウナなのだけども、常に100℃を保っていて、汗が止まらない。改めて、実にストロングかつストイックなサウナでデビューを果たしてしまったものだ。水風呂も冬は20℃を切っており、ととのいまくった。”あまみ”(血行が促進された結果、体の表面に毛細血管が斑点のよう浮かび上がって発生する模様のこと。サウナーの間ではあまみが出るサウナほど賞賛される)が全身に発生した。身体が軽い。銭湯近くの焼き鳥屋で取り置きしておいてもらった串を頬張る。店頭で注文する時、焦ってしまって塩かタレかを串ごとに指定できず、だいたい全部塩になる。あれは注文する前にあらかじめ決めておくものなのだろうか。『乃木坂工事中』の選抜発表を観た。中田花奈さんの3年ぶりの選抜入りがうれしくて声が出てしまった。よかったなー。三期生の大抜擢や斎藤飛鳥&堀のダブルセンターを期待していたのだけども、西野&白石という手堅いセンターだった。攻めないなー。なんか既に曲も凡庸そうな予感。『欅って書けない?』はぺーちゃんのビリビリボールペンが最高。

NHK『ドキュメント72時間』〜宮崎 路上ピアノが奏でる音は〜

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ドキュメント72時間』の1/27放送回「宮崎 路上ピアノが奏でる音は」が実に素晴らしかった。この『ドキュメント72時間』という番組の魅力を端的に表現しており、早くも今年度ベストに推したい気持ちを押さえられません。ナレーションは昨年デビューながら既にエースの風格の川栄李奈だ(息づかいが素晴らしい)。舞台は宮崎市の賑やかな繁華街にぽつりと置かれた一台のピアノ。いつでも誰でも自由に弾けるストリートピアノ、街興しの一環として設置されたものらしい。



なるほど、道行く人々がスッと吸い寄せられ、童謡、ジャズ、ロック、クラシック、ブルース、J−POP、映画音楽・・・自由に音を鳴らしては、またフラリと出て行く。弾くのが目的ではなく、あくまで何かの"途中"にピアノに立ち寄る。孫に会いに行くバスの待ち時間に、職場からの帰り道に、飲み会の締めに、はてはマラソン大会の途中に!1つの場所に定点カメラを置き、そこですれ違う人々のドラマの断片(あくまで断片なのだ)を写し取る、というこの番組のあり方と同調するようである。とりわけ、美しいシーンを紹介しよう。同じ大学に通う仲の良し3人組が、飲んだ帰りにフラっとピアノに立ち寄る。3人は寄り添いながら、ヒットソングであるBack Number「クリスマスソング」を真夜中に小さな音で弾き語る。カメラが置かれることがなければ、決して他人が触れることのできない秘密の戯れ。誰にも知られるはずのない濃密な時間。世界はこういった無数の”真夜中”でできているのだ。

今回がカメラが捉えたのは、東京で音楽の夢に破れた故郷に戻って来たコールセンター勤務の男性、夫を亡くしてからピアノを習い始めた初老の女性、プロを目指しながら運送会社で働く49歳の男性、ピアニストとして食べていくことを諦めた大学生、クリスマスソングをリクエストするクラブのママ、残してきた故郷を想いながらピアノを奏でる女子高生、亡き母の思い出を胸に深夜にピアノを弾く飲食業の女性etc....

もっと色んな人に聞いて欲しくて

これから家に帰っても1人だし
だれも話す人いないじゃないですか

上手ですね とか言ってくれるとうれしくて
家では全然 誰も言ってくれる人(いなくて)
1人暮らしだからね

懐かしい気持ちになる
ずっと聞いてくれるのがお母さんやったから
お母さんに喜んでもらいたくて弾くって感じはありましたね

あぁ、誰もが誰も胸に癒え難い"孤独"を抱えている。彼等をその想いを音に変え、そのメロディーが街の空気にスッと溶けていく。そう、ここは、みんなの"孤独"がほんのひと時、交わる場所なのだ。音楽は一体何の為に鳴るのか?芸術は何の為に在るのか?その答えを『ドキュメント72時間』のカメラが映し撮ってしまった。



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坂元裕二『カルテット』2話

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言葉と気持ちは違うの!

この家森諭高(高橋一生)の叫びがまさにこのドラマの見方を端的に示している。巻真紀(松たか子)が「わたし、弾けない」「無理です、わたし上手く弾けません」などと囁けば、次のカットでは必ずや活き活きとヴァイオリンを演奏する彼女の姿が見られる。喋る言葉が全てではない。人というのは、言葉とは裏腹、その仮面の下にはどんなものが蠢いているかわからない。ドーナッツの穴のように何かが欠けていて、思ったことを上手に言葉にできない不器用な大人達のラブサスペンスである本作においてはなおのことだろう。本当の”想い”は実に些細な身体の振動やその視線の先に、零れ落ちる。そんな坂元脚本のミューズである満島ひかりの繊細な演技に割目せよ。別府司(松田龍平)の『人魚 対 半魚人』のDVDいじりが自分にも回ってくると思って差し出した手の動き(回ってくる前に巻が放り投げてしまう)、別府とベンチに並ぶ時に少しだけスペースを空ける時のさりげない身体の移動。



さて、ドーナッツは『カルテット』の重要なモチーフであるが、今話においては同じような形状のものがたくさん登場する。九條とその婚約者のホットな話題であるタイヤ、カーリング(あれは穴を埋めるスポーツなのだ!)、更に簡易YOSHIKIなりきりセットとしてのコルセット。ドーナッツホールカルテットが一斉にその穴にすっぽりとはまるシーンまで用意されている。そんな2話の主役は松田龍平演じる別府司。世界的指揮者を祖父に持ち、軽井沢に別荘まで有する小沢健二的おぼっちゃまであるわけだが、そんな彼にも何やら大きな”空白”があるらしい。例えば、”世界の別府ファミリー”と呼ばれる親類3人のコンサートに、同じく音楽家でありながらも、参加できていない。彼は、既に1つの”カルテット(4人組)”からつま弾かれた存在である事が窺える。そして、巻真紀に対して何やら少しうしろめたい秘めたる想いを抱いているようで・・・



この2話で驚いてしまうのは、まずもってあまりにも豊かな細部の躍動だ。みかんつめつめゼリー→デコポン→おっぱい→谷村さんの谷間→みかんつぶつぶジュース、山盛りポテトフライ→ポテトジェンガ、なんていうイメージの流動も流石の一言であるし、「時の流れに身をまかせた 愛人は つぐなうことになりますから」と台詞にテレサ・テン重ねを入れ込むなんて遊び心も楽しい。猫を愛する別府司と世吹すずめ(満島ひかり)の「3位 3位ですねー」は、『最高の離婚』の光生(瑛太)以来の「好きな動物ランキング」で胸躍る。*1朝焼けのベランダで食べるサッポロ一番(醤油味)だとか、「こういうのは今日だけのことだよ」「それがわたしと君のクライマックスでいいんじゃない?」という台詞(&菊池亜希子の発声)の素晴らしさ、X JAPAN「紅」でXジャンプを決める面々に、歌の合間に「それ、この曲じゃないから」と早口で諭す松田龍平etc・・・こういうのを拾い出したら限がないのですが、とにもかくにも、坂元裕二の筆が乗っている事が伺えます。



そして、そんな細部を支えるロジックめいた脚本構成に更に驚く。ラブラブストロベリーか/ロックンロールナッツか(すなわち右手か/左手か)、かわいいカフェか/チェーン店か(すなわち巻真紀子か/九條結衣か)、人魚か/半魚人か、運命か/偶然か、本音か/建前か、いるのか/いないのか、・・・と様々な二択の対比構造が散りばめられている。中でも、「赤と白」という対比が2話全体のモチーフだ。食卓ではブイヤベース(赤)を目の前にして、餃子(白)の話題で盛り上がり、カラオケで歌われるナンバーはSPEED「White Love」(白)とX JAPAN「紅」(赤)である。言及するまでもないが、この選曲にはそれを歌う九條と別府の、言葉にならない気持ちが込められている。

果てしない あの雲の彼方へ
私をつれていって
その手を 離さないでね


SPEED「White Love

お前は走り出す 何かに追われるよう
俺が見えないのか すぐそばにいるのに


紅に染まったこの俺を 慰める奴はもういない
もう二度と届かない この思い
閉ざされた愛に向い 叫びつづける


X JAPAN「紅」

中でも白眉の演出は、世吹すずめが、別府司の手に乗せられた2つのアイスのどちからを選ぶシーンだろう。右手にはラブラブストロベリー、左手にはロックンロールナッツ。「右手で興味をひきつけて…左手で騙す」という鏡子(もたいまさこ)の挿話をなぞるように、「左手で」とロックンロールナッツを選択をするすずめ。別府に対して「家森さんが好きです」という虚実の愛で興味を惹きつけ、自白を強要した事を悔いるようでもあるし、”左手”を選ぶことで、自身の別府に対するストロベリーラブを偽ってもいるようである。



重要なのは、そういった対比構造で何を描きたかったのかであろう。「二兎を追う者一兎を得ず」といったような"選びとる必要性"を説いているわけでは決してない。1つを選ぶ必要はない。

はっきりしない人は
はっきりしない はっきりとした理由がある

のだから。すずめが着ているスウェットの色が薄いピンク(赤と白が混ざり合ったような)である事が示唆的だ。ブイヤベースと餃子の赤と白の対比にしても、「これに餃子入れたら・・・」と結ばれていたことを思い出そう。九條が別府に譲渡したマフラーの”赤”は、別府が想いを寄せる巻の白いニットの上に重ねられた鮮やかなベストの色として移り変わる。「紅」と「White Love」にしても、それらは混ざり合い、”紅白”として結婚式というハレの日を祝福する。巻との出会いを彩る大切な曲である「アヴェ・マリア」が九條との思い出の曲である「White Love」と混ざり合う別府の独奏ときたら!あの娘に向けた”好き”も、別のあの娘に向けた”好き”も、全部消えずに一塊に混ざり合って、今の”好き”として放たれる。そして、一度発生した”想い”は消えない、という証明であるかのように放たれる巻の「わたし、宇宙人見ました」という台詞の瑞々しさよ。別府が抱いた想いは確かに存在したのだ。



すなわち、坂元裕二はあらゆる対比構造を撒き散らしながらも、「あいまいなものはあいまいなままでいい」という結論を用意している。それはどこか祈りのようなものである。坂元裕二は『それでも、生きてゆく』(2011)において、殺人事件の加害者家族であろうとお洒落をして笑っていいし、被害者家族であろうとAVを観ていいし、デートをしていいのだ、というような事を書いた。野木亜紀子の『逃げるは恥だが役に立つ』(2016)のようにわかりやすい形ではないが、坂元裕二もまた「こうでなくてはならない」という規範のようなものと、常に闘い続けている作家であるのだ。人はどんなに落ち込んでいようと、腹が減れば飯は美味いし、テレビがおもしろければ声を出して笑ってしまう。夫が失踪してショックを受けた日の翌日であろうと、気の知れた仲間とのパーティーであれば笑顔で写真に写ることもあるだろう。そんな風に思うのです。

*1:ちなみに濱崎光生さんの2013年度の1位はエミューだそうです。